⛲179}─1─人口激減時代の働かない改革。労働意欲をなくした日本人の末路。最新技術の先進国から脱落する日本。〜No.468  * 


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   ・   ・   【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】・   
 経済成長を望まず科学技術の進歩に興味をなくせば、資源・食糧・エネルギーのない日本は発展途上国以下の衰退国となる。
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 奇跡の戦後復興、驚異の高度経済成長、享楽の安定経済、狂乱のバブル経済は、明治以来の人口爆発が偶然に生み出した1億総中流社会でなし得たものである。
 朝鮮戦争特需やベトナム戦争景気も、人口爆発による内需拡大があってこそ恩恵となった。
 人口爆発時代は、経済発展により中小企業を巨大企業に押し上げ、数多くの最先端ベンチャー企業が生み出した。
 敗戦まで、人口爆発で増えた学童達は戦争に勝つ一心で工場で死に物狂いで働き、現場の熟練した職人の指導で技術・技能を磨き、基礎知識を叩き込まれた。
 戦争で親を失った数多くの子供は焼け野原に投げ出され、救って養育してくれる親切な親類縁者はいなかった為に、頼る相手もなく一人っきりで生きるしかなかった。
 戦後。現場で基礎知識と高い技術・技能を持った学童達が、最新のアメリカ教育で知識欲に目覚めて貪欲に学び、アメリカに負けない国を作るという意欲で就職し現場に復帰した。
 さらに戦場に出ていた、手に職を持った兵士達が復員し、日本の敗北は科学・技術のなさによるとしてして現場に復帰した。
 人口爆発と最新技術を生かした新規ベンチャー企業の勃興と中小企業の経営拡大で、意欲・野心のある若者には働き口は豊富であった。
 人口爆発で地方に溢れた人々の都市への大移動が起きた。
 中学卒業生は集団就職として、若者は就職する為に、既婚者は出稼ぎとして。
 生糸や繊維を輸出して外貨を稼ぐ貿易立国のように見えたが、人口爆発内需が創出された為、貿易に依存する外需型経済ではなかった。
 溢れた優秀な人材が製造業を立て直した為に、国土を乱開発して自然を破壊し社会を衰退させる国土開発型経済に陥る事がなかった。
 それが、これまでの日本の歴史、日本民族日本人の物語、日本経済史であった。
 古代から、日本は時折人口停滞期を挟みながらも緩やかな人口増加を続け、バブル経済まで人口爆発を起こし外需ではなく内需で豊かになった。
 人口激減で、そうした全てが陽炎の如く消える。
 人口爆発は、内需拡大で、働けば働くほど酬われ、作れば飛ぶように売れた。
 人口激減は、内需縮小で、働いても酬われるところが少なく、作っても売れない。
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 2017年4月29日号 週刊現代「言いたくても言えない正論
 世界の人は知っている『そんなに休んで、どこへ行く?』
 数字で見ると、実は先進国一の怠け者に
 働かなくなった日本人の末路
 『働きすぎは悪』『仕事よりコンプライアンス』──日本全体がそんな方向に進んでいる。しかし、本当にそれでいいのか。誰も頑張らないし踏ん張らない、そんな国に未来があるのか。
 『働き方改革』とは『働かない改革』。
 資源のない小国のニッポン、急速な人口減が進む中、こんなに休んで大丈夫か
 モーレツがそんなに悪いのか?
 興味深い数字がある。
 『データブック国際労働比較2016』を見ると、14年の週労働時間(製造業)で日本人はG7(先進7ヵ国)の中で労働時間がからり短いほうなのだ。厚生労働省が調べた日本の週労働時間(製造業)は37.7時間。調査対象に各国でバラツキがあるため、一概には言えないが、米国の42時間、ドイツの40時間より少なく、フランスの37.8時間、カナダの37.1時間と変わらない水準なのである(イタリアの数値は未掲載)。
 日本人がどんどん働かなくなっている。バブル直後には2000時間を超えていた年間の総実労働時間はすくなくなり続け、14年には1729時間にまで減少している(OECD調べ)。
 それでも日本政府は、日本人は今でも働きすぎだと主張し、繁忙期の残業時間を月100時間未満にするなど、長時間労働の規制を含む『働き方改革』を推進しようとしている。安倍晋三総理も『働き方改革実現推進室』で『「モーレツ社員」の考え方が否定される日本にしていきたい』と明言した。
 だが、ちょっと待ってほしい。今の日本の豊かさの礎を築いたのは、長時間労働を物ともしない高度経済成長期の『モーレツ社員』たちではなかったか。それを否定することは日本のさらなる成長をあきらめることにつながらないだろうか。
 元松下電器社員で東海大学経営学部元教授の小野豊和氏が、当時の日本人の勤勉さを語る。
 『私が松下電器に入社したのは、71年。ニクソン・ショックで日本経済は一時的に混乱していましたが、長い目で見ると高度経済成長期に本格的に突入しようとしていた時期です。入社式には創業者の松下幸之助さんの姿もありました。
 人事部に配属されましたが、多忙な時期は徹夜なんか当たり前で、残業時間が月100時間を超えることはザラでした。本社になると月の労働時間が400時間を超える人間も当たり前にいて、残業代だけで15万円ももらえたという話を聞いてうらやましく思ったものです。初任給は4万2,000円でしたから。
 残業は苦ではなかったし、そのために体調を崩すこともなかったですね。仕事や会社が生活のすべてで、仕事が楽しくて、もっと働きたいと思ったものです』
 後に小野氏は広報部の勤務となり、90年に大阪で行われた『国際花と緑の博覧会』の広報を担当した。その際の労働時間は月に400時間近く。そんな激務も苦とは思わなかったという。
 『さすがに労働組合からクレームが出て、サービス残業となったりもしましたが、嫌ではなかったですね。皇太子殿下がいらっしゃる時があり、会社側から残業時間は気にせずに頑張れと励まされたこともありました。
 創業者の松下幸之助さんも体は決して強くありませんでしたが、気になることがあると夜中だろうと関係なく、時間を問わず部下に指示を出していたと聞きます。
 あの頃は多くの人が仕事に対してやりがいを感じ、それがまた社会のためになるという思いがあり、生きがいとなっていた。そんな日本社会の雰囲気が高度経済成長の原動力になっていたのは間違いありません』(小野氏)
 官僚や学者に言われたくない
 もちろん、本人の意にそわない長時間労働を会社が強いることは問題だ。だが、寝食を忘れて仕事に没頭したい労働者がいることも事実。政府が提唱する長時間労働の規制は、仕事に燃える人間の労働意欲を制限するもので、やる気を確実に削ぐ。これでは『働き方改革』ではなく、『働かない改革』だ。
 リクルートトップセールスマンとして注目され、独立して人事戦略コンサルティング会社『セレブレイン』を創業した高城幸司氏が言う。
 『仕事で高い成果を出したいなら、人よりたくさん働くべきである──。今の会社でこんなことを言い出したら、「時代遅れ」と糾弾されそうですが、80年代まで会社のために働く「企業戦士」という言葉は自虐ではなく、誇り高いものとして語られていました。
 それを象徴するのが、「24時間働けますか」というキャッチコピーでおなじみのCMです。リクルート社に勤務して、長時間労働を厭わないワークスタイルで働いていました。終電なんて気にしない。会社は不夜城のように夜中も証明がつきっぱなし。それが異常な状態だとは、まったく気がつかない環境でした』
 だが、時代は変わった。今では残業をしていると『早く帰りなさい』と上司が声をかけるように、照明も一定時間を過ぎると消灯する会社も多い。社員に過重労働を強いるブラック企業と批判されかねない。
 だからといって、ハードワークは絶滅していいのだろうか?と高城氏が疑問を呈する。
 『長すぎる残業が残業がいいとは思いません。一方で、若手のことを考えると心配もあります。社会人になって「企業戦士」になる時がせめて一時期くらいはあってもいいのではないでしょうか。若い頃のハードワークで築いた対人関係や業界の知識こそが、第一線で活躍するための財産になったと自負する人も少なからずいるのも事実です』
 今時の若者は『企業戦士』になることを敬遠し(あるいはそもそもそんな言葉を知らない)、政府も『ワーク・ライフ・バランス』を大事にしましょうと囁き、会社に人生を捧げるような生き方を完全に否定する。何も一生涯すべてを会社に捧げろという話ではない。人生の限られた一時期に周囲を顧みずに仕事に没頭する時代があってもいいではないか。
 しかも、現在の『働き方改革』を進めているのは安倍総理という3代にわたる世襲政治家で、かつて神戸製鋼所でサラリーマン経験があると言っても所詮は政治家になる前の『腰掛け』に過ぎなかった人物だ。
 働き方改革担当大臣の加藤勝信氏も官僚出身で民間企業がビジネスの最前線で血の滲むような努力をしている姿を知らないだろう。
 働き方改革実現会議のメンバーに名を連ねる学者たちにしても、もちろん知識はあるだろうが、実際の『商売』の現場を熟知しているとは到底思えない。
 それを下支えする官僚たちも予算を獲得し、国民の税金を消化するのが主な仕事で、民間ビジネスの現実など知っているはずがない。
 要は、働いてカネを稼ぐことの本質がわかっていない人間が机上の空論を振りかざして、汗水たらして働く労働者たちの人生を決めようとしているのだ。
 そんな人間たちに、『モーレツ社員は時代遅れ、ほどほどに働いて人生を楽しみましょう』などと主張されても、何の説得力もない。
 政府が進める『働き方改革』の末路に待っているのは、日本の衰退だ。
 元東海銀行専務で、名古屋大学客員教授の水谷研治氏が先行きを憂う。
 『働く人の立場からすれば、労働時間を減らしてほしいというのはわかります。誰だって楽をしたいですから。
 ただ、そこで考えてほしいのは、働かないで豊かさだけを得ることができるのか、ということ。豊かさはいらない、自分の時間がほしいというのなら、それでいいでしょう。しかし、働くのは嫌だけど、豊かな生活がほしいというのは、虫がよすぎます。
 仕事の時間を減らすべきだと考える人は、今の日本の豊かさが今後も続くと考えているのかもしれません。しかし、現実はそれほど甘くない』
 世界は必死に働いている
 日本の『一人当たり労働生産性』はOECD加盟国中22位で、G7では最下位だ。もはや日本は世界に冠たる技術立国ではないことは、昨今の東芝の迷走を見ても明らかだろう。
 水谷氏が続ける。
 『すでに日本の国際的な地位は急速に低下しています。かつては大きく引き離していた中国などの新興国にも追い上げられている。彼らは必死に働いています。気がついたら、日本が後進国になっていたということもないとは言えません。
 ただでさえ、日本ではさらなる少子高齢化が進み、経済力が低下することは避けられない。その上、一人ひとりが働かなくなれば、坂道を転げ落ちることは目に見えています。むしろもっと働いて、技術を磨かなければいけない時なのです。いったん楽を覚えてしまった人間は、頑張りたくても、いざという時に体力も知力もなくなってしまっている。そうなったら手遅れです』
 かつて日本人の『勤勉さ』は世界に誇るべきもので、それこそが戦後の奇跡的な経済財的復興を支えてきた。しかし、いつから日本人は仕事を嫌う人たちの集まりになってしまったのだろうか。
 城南信用金庫元理事長の吉原毅氏がこう話す。
 『私も若い時は残業や休日出勤も相当しました。肉体的には大変でしたが、その分、仕事を成し遂げた時の達成感や、成長したという感じられる満足感も大きかった。なので、長時間労働も苦ではなかったですね。私にとって仕事は楽しいものですから、それを国に制限されるのはどうかと思います。仕事時間を短縮しろちうのは、仕事は楽しくない苦役だから減らしましょうという思想だとしたら、仕事を再び楽しいものに戻すのが「働き方改革」の目指すべき方向性なのではないでしょうか。
 ではなぜ、仕事が楽しいものではなくなってしまったのか。一つは職場の人間関係がギスギスしたものになってしまったこと。もう一つは仕事の目的が儲けることだけになって、本当の目的である社会の役に立つという部分が希薄化してしまったからです。利益を出すことは企業の大切な目的ですが、それは社会の役立つことが大前提。こうした前提を欠いたまま、残業時間だけを減らしたとしても、根本的な問題解決とは言えません』
 また、労働時間の制限は、若手社員の成長を阻害する危険性もある。
 楽ばかり求める若者たち
 前出の小野氏が言う。
 『08年代は日本人の年間の労働時間が2100時間くらいあり、世界の平均は1800時間程度だったので、日本人は働きすぎだとバッシングを受けました。
 そこで労働省(当時)が音頭を取って、半ば強制的に年間労働時間を1800時間に近づけました。ちょうど韓国のサムスンやLGが台頭し、日本の家電産業が衰退し始める時期に重なります。
 さすがに高度経済成長期のがむしゃらな働き方が人を幸せにするとは言いませんが、現状の残業時間の規制には問題が多いのもたしかです。仕事は生活のための手段に過ぎず、より福利厚生が充実していて楽なほうの仕事を選ぶ若者が増えている時代において、労働時間を規制してしまえば、これからの時代が求める人材を育てるのは容易ではないでしょう』
 労働者の賃金をカットし、働きたくない若者を増やす──政財官が結託して進める『働き方改革』は、まさに亡国の政策なのである。伊藤忠商事元会長で中国大使も務めた丹羽宇一郎氏は現状の日本人の働き方に対して、こう言い切る。
 『もっと昔のように汗を出せ、知恵を出せ、もっと働けと言うしかない。それに尽きます』
 かつての日本人たちが寝食を忘れて働いた末に今の日本の繁栄がある。それにあぐらをかいて、『これからは一生懸命働かないようにしょう』などと言っていれば、あっというまに三流国に転落する。
 政府の言うことに踊らされて、やれプレミアムフライデーだ、ノー残業デーだなどと浮かれる前にやるべきことがある。働かざる者食うべからず。この言葉を忘れると、日本人の末路は本当に哀れなものになるだろう」
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 4月19日 産経ニュース「【「働き方改革」考】「モーレツ社員」は政府に否定されなければならない存在なのか 家電革命起こした“島耕作”が物申す
 家電販売に革命を起こした元三洋電機社員、熱田親憙さん=兵庫県宝塚市
 「『モーレツ社員』という考え方自体が否定される日本にしていく」。残業時間に罰則付きの規制などを盛り込んだ政府の「働き方改革実行計画」は、力強くこううたい上げた。しかし、かつての「モーレツ社員」は危惧している。「一生懸命働くことが否定され、自分が社会に貢献しているという手応えを失ってしまわないだろうか」と。家電販売に革命を起こした“リアル島耕作”が、政府の働き方改革に加え、東芝など没落する電機メーカーを一喝した。(社会部 天野健作)
藍色のロゴ「it’s」
 昭和35年に三洋電機に入社し、35年間勤めた熱田親憙(ちかよし)さん(80)=大阪府寝屋川市=は、家電業界の中では知る人ぞ知る伝説の人物だ。
 三洋は59年、一人暮らしを始める大学生や社会人を対象に、小型で低価格な家電シリーズを売り出した。後に藍(あい)色のロゴが有名になった「it’s(イッツ)」だ。熱田さんはそのプロジェクトを主導し、デザイン家電の先駆者となった。
 「新しいことをやるときは楽しかった。ロマンだね。業界にムーブメントが起きて、押せ押せムード。売れに売れた」
 熱田さんはこう振り返る。ダイエーの「価格破壊」が下火になりつつあり、「安ければ売れる」が通用しなくなった時代。そこで熱田さんは価格や性能ではなく、「コンセプト」を前面に出し、「生活文化」を提案することで売ることを考えた。
 入社当時は宣伝部に所属し、マーケット調査に携わった。旧弊に縛られず、新しい道を開拓した熱田さんの働き方は、漫画「島耕作」に通ずる。島耕作も大手電器メーカーに勤め、宣伝広告業を中心に、自らの信念に基づいて行動したサラリーマンだ。
「モーレツ社員」の生き方
 イッツは英語で「優れもの」を表現するが、同時に「僕たちが欲しかった物はそれだ」の意味を込めた。冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、掃除機など一人暮らしを始めるのに必要な電化製品を全て藍色に染めて、シリーズとして売り出した。「藍」は日本文化の象徴でもある。
 「『白いご飯を炊くのに、青色の釜で炊けるか』となじられ、理解されるのに3年はかかった。どうしたら説得できるか、そのときは血みどろに24時間考え続けた」
 毎週、毎週の会議。夜の8時や9時から会議が始まることはざらだった。会議が終わってから同僚で飲みに行く。飲み会は会議の延長だった。
 若者の声を聞くため、毎週金曜日、大阪から東京・六本木の盛り場に通った。40代半ば、若者ばかりのライブコンサートにも行った。「耳をそばだてながら、彼らがどういう生活をしているかリサーチしていた」という。
 特に三洋は後発メーカーで、メーカー順位は4番目。「人が一やるところを二やれ」と言われていた。家庭を顧みず、「奥さんはあきらめていた」が、当時の企業戦士が猛烈に働くのは当たり前で、その分もうけた。給与が毎年2割ぐらいずつ増えたという。
「経営者は現場へ行け」
 翻って今の時代、働いても働いても給料が大幅に上がったり、暮らしがよくなったりする実感はない。いつの間にか、三洋電機パナソニックに買収され、栄華を誇った東芝さえも、1兆円近くの赤字を抱え、会社の存続すら危うくなった。
 「大企業病にかかって、現場の情報を肌で感じていないのでは。だから判断が狂う。東芝の場合でも、悪いのは社員ではなく、一部の経営者だけ。三洋電機もそうだった。判断する人間がさぼって、あぐらをかいていたのでは。現場には、言葉で表せない見えない情報がある。六感を総動員して感じなくてはいけない」
 熱田さんは今の電機業界をそう分析する。分業化や事業部制が進化して、ラインの長が所管部署の責任を果たすことにきゅうきゅうとして、会社全体に対する責任感が希薄になっているとも指摘した。
 政府の働き方改革についてはこう苦言を呈した。
 「残業規制は二の次。仕事をやらされるのではなく、自ら仕事をつくってモチベーションが上がれば、それで忙しくてもストレスにならない。モーレツ社員を否定しないでほしい。上司は基本、部下や社員を信頼することだ」
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 モーレツ社員 美女のスカートが風でめくれてパンチラする石油会社のCMから流行語となった「モーレツ」。1970年代、自分の身も家族も顧みない会社員は「モーレツ社員」と言われた。朝礼で社歌を歌い、終電まで仕事しただけでなく、会社で寝泊まりする社員もいた。今では、会社に家畜のようにこき使われるという意味で「社畜」とも揶揄(やゆ)される。」
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 少子高齢化の人口激減では、労働者どころか消費者が減少する。
 バブル経済までに個人資産を蓄えた団塊の世代(約660万人)が生きている間は、現状の日本経済は維持できる。
 団塊ジュニアは、独身貴族とマスコミに煽てられ踊ろされ、幸せは家族を持つ事ではなく個人の自由を謳歌する事であるとして、個人資産をつくる為の節約をせず、将来設計もなく浪費し、遊ぶ金がなくなると借金を繰り返し、兄弟が少なく、家族がなく、個人資産もなく、一人老後を迎え、自分では何もできない無気力な介護老人となっていく。
 団塊ジュニアの次のミレニアム世代(1980年〜2000年生まれ)は、正規雇用・非正規雇用に関係なく低賃金で不安定雇用の為に、結婚できず、家庭を持てず、子供をつくれず、個人資産もなく、そして孤独に老後を迎え、家族や親族がいない為に他人の手を借りる介護老人となる。
 少子高齢化で個人資産を持った大人・老人が減り、人口激減で子供が生まれず新たな消費者も増えない。
 資産を持った団塊世代が死に絶えた後、団塊ジュニアが老後を迎えた時、
 だが、経済発展はもう要らないと主張する人々がいる。
 深刻な問題は、労働者の不足ではなく、消費者の減少である。
 消費者がいれば労働者は何とかなるが、労働者がいても消費者がいなければ何にもならない。
 外国人移民は、労働者になっても消費者にはならない。
 明治から昭和までは人口爆発で、平成は人口停滞で、次に訪れるのは今まで人類が経験した事のないクライシス的人口激減である。
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 少子高齢化の人口激減で、日本経済は出口が見えない本当の氷河期に突入する。
 経済氷河期では、人口爆発時代の経験など何の役には立たない。
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 日本は、生存の為の資源も食糧もエネルギーもアメリカに依存し、金融・経済もアメリカの影響下にある。
 唯一の強みであった、内需を支えてきた人口爆発が人口激減に転じて発展エンジンが失速し始めた。
 アメリカは、資源・食糧・エネルギーを他国に頼る事なく自活でき、地球規模の富で世界の金融・経済を支配し、自国の科学技術と軍事で同盟国の援軍を得ずとも一国のみで他国の脅威を排除して独立を守り切れる。
 日本は、その全てにおいてその足元にも及ばず、いかに血が滲むような努力をして経済力を持ったとしてもアメリカのような国家にはなれない。
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 人口爆発時代に小金を貯め込んだ団塊世代が生きている間は心配ないが、人口激減時代に突入した小金も家族・子供もない団塊ジュニア世代以降が問題である。
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 昔話。周辺諸国が恐れる武力に秀でた大名の家臣に、武芸が弱いが野心だけ旺盛な侍がいた。
 弱い侍は、厳しい稽古で強くなるより簡単な方法で強くなりたいと、熱心に神様に願を掛けし、侍大将になった御礼に立派な神社を建て広大な土地を寄進すると誓った。
 神様は、その熱心さに感動して、弱い侍を領内一の豪の者にした。
 領内一の豪の者となった侍は、出世して侍大将となって武士団を統率した。
 ある時、隣国の大名が侵略してきた。
 侍大将となった侍は、最強と恐れられたと家臣団を率いて討伐に向かったが、勝てるはずの侵略軍にいともあっさりと敗北した。
 弱い侍が強くなったのではなく、豪の者と恐れられていた家臣団全員が弱い侍以下に弱くなっただけであった。
 そして強豪と恐れられた大名は滅びた。
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 弱者に劣等感を与えないように、強者が思いやってレベルを下げる。
 少数派を差別しないように、多数派が配慮して自己制限・自己規制を加える。
 分別のない少数派・弱者の「権利要求」という見境のない暴走は、全てを衰退させ滅亡させる「滅びの笛」である。
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 歴史的事実として、一度、堕落して衰退し弱体大した国家・組織・集団は、二度と繁栄を取り戻さないし、強国に復帰できない。
 ローマ帝国も、唐王朝も、モンゴル帝国も、全て虐殺と略奪の中で滅亡した。
 しょせん、世界は無欲な善意ではなく個人欲の利益で動く弱肉強食社会である。
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 日本人は、才能に秀でた優秀な人間ではなく、むしろ優れた所の少ない有り触れた平凡な人間である。
 食糧も資源もエネルギーもない日本は、適当に仕事をしながら遊んで暮らせるような豊かな国でもなく、自由気ままに好き勝手ができるお気楽な国ではない。
 その現実を、昔の日本人は体で感じて知っていたが、現代の日本人は救い難い程に呆けてそれが実感できない。
 が、昔の日本人と現代の日本人が違う以上、現代の日本人に昔の日本人の様な事を求めるは無意味である。
 自己責任からすれば、自分が将来迎えるであろう悲惨の責任は今の自分にある。
 それは、蟻とキリギリス(セミ)の寓話の通りに、キリギリス(セミ)は誰から救って貰えず野垂れ死にするのである。
 そして、ウサギと亀である。
 ウサギは日本人であり、亀は台湾人、中国人、韓国人、東南アジア諸国の人々である。
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 日本民族に秘めた優れた素質があり切っ掛けがあれば奮起するというのであれば、かって地球規模の大帝国を築いたローマ人、非漢族系中国人(遊牧民族)、モンゴル人は帝国を再建している。
 自堕落にダメになった民族は、所詮、輝かしい復活はしない。
 中国が新しい帝国を築いて繁栄するのは、同じ民族ではないからである。
 漢族と言っても、北京人、南京人、上海人、四川人など各省各都市の住人は互い別の民族・部族みたいなもので、けっして同一の漢族・中国人ではない。
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 日本人は働き者かと言えば、そうではなく、寧ろ怠け者である。
 江戸時代の庶民の暮らしぶりを見れば一目瞭然である。
 仕事をしている時間より、お茶を飲み無駄口を叩く時間の方が多かった。
 生産性がないのが、昔からの日本人の仕事であった。


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働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)

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企業力を高める―女性の活躍推進と働き方改革

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電通事件 なぜ死ぬまで働かなければならないのか

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月刊全労連 2016年12月号 特集:労働実態から「働き方改革」を問う

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