⛺20〉─5・B─観光立国と観光公害論。訪日外国人観光客の金に依存して生きる。〜No.38

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 2019年6月号 Hanada「D・アトキンソン自伝 ふたつの島国
 パートナー挑戦で学んだ組織論
 アレックス・カー氏の著書『観光亡国論』(共著・清野由美、中公新書ラクレ)がいま話題です。急増する訪日外国人によって、観光地の景観が破壊され、住環境でトラブルを招いているという趣旨で、本書でそれを総じて『観光公害』と呼んでいます。
 彼はこう書いています。
 〈町には渋滞が引き起こされ、市民の生活に支障が出ます。旅行者にとって、ホテル代の高騰という不利益も招きます。寺社、聖地などであれば、落ち着いて拝観できなくなります。寺社仏閣の境内(けいだい)には深い精神性が宿っています。(中略)その奥深さこそが京都の真髄です。それが観光に侵(おか)されてしまうと、京都文化の本当の魅力は薄れてしまいます。これらはまさに観光公害の典型です〉
 一つの考えとしては理解できるところはありますが、カー氏のこの主張には、部分的には違和感を覚えます。
 大前提として申し上げておきたいのは、日本がなぜいま、観光政策に力を入れているのか、ということです。日本は今後、人口が減り、経済規模が縮小、これまでのような年金や医療保険などの社会保障制度を保てなくなります。大量に移民を入れ、人口を保つのは現実的ではありません。
 では、どうするのか。『短期移民=訪日外国人』を入れ、日本にお金をたくさん落としてもらい、経済規模を維持していく。これが、観光政策をとる大きな理由です。
 カー氏は、渋滞や交通機関の混雑で住民が迷惑していると言いますが、その住民たちの年金、医療保険料は、訪日外国人の落とすお金なくして、今後成り立ちません。これらの渋滞や混雑は、いまの社会保障制度を維持するためのやむを得ない『コスト』なのです。メリットは享受したいがそのためのコストは支払いたくない、というのはわがままでしかない。
 京都観光の経済貢献は極めて大きく、住民はもっと観光を理解して、『公害』などと軽率に言うことは避けるべきです。京都のなかで観光に反対する人は、年金と医療費負担という間接的な形で、もっともその観光の恩恵を受けている高齢者に多いことは大きな皮肉です。
 観光公害の議論には、バランスを欠いているものも多い。観光公害を叫ぶ人は住民重視ですが、当事者は文句を言う住民だけでは住民だけではありません。税収が増える行政も、観光事業者などの意見も同時に考慮すべきです。
 安易な海外との比較
 神社仏閣の深い精神性が侵されると嘆いていますが、私には感情論にしか見えません。著書内で伏見稲荷大社を例に出しているのですが、きちんと現場の声を聞いているのでしょうか。伏見稲荷大社宮司(ぐうじ)は、私にこうはなしていました。
 『これだけ大勢の人が来てくれるのは嬉しいですよ』
 観光客が大勢来ることに対して、なんらネガティブなことは仰(おっしゃ)っていませんでした。反対意見は、あくまで一つの見方として考えるべきです。
 日本はいま人口減少社会。文化財所有者からすれば、維持管理にかかる膨大なコストを肩代わりしてくれる外国人観光客を『観光公害』などと言っていられないのです。
 観光客など来なくていいという人には、では、代わりにあなたは観光客が来ないことで生じる文化財収入の減少を補塡してくれるのですか、と言いたい。しかし、そういう人に限ってお金を出してくれない。
 カー氏は、オーバーキャパシティの解決策の例として、オランダ・アムステルダムの『総量規制』と『誘導対策』を挙げています。
 日本とオランダは単純に比較できません。2017年、オランダの観光客数は1,800万人で、日本の3,000万人(2018年)よりも少ないですが、オランダの国土面積は日本の九州程度。日本とは置かれている状況のレベルが違うのです。
 観光公害にどう対処するかが大事ですよ、というカー氏のご指摘はごもっともです。しかし、日本は諸外国と同じ状態でないにもかかわらず、海外の観光公害問題という『流行』を無理矢理日本に当てはめるのはいかがなものかと思います。
 また、日本は観光政策を打つ始めてまで日が浅く、初めて日本を訪れる観光客は、どうしても京都、しかも清水寺伏見稲荷大社などメジャーな観光地に集中しがちです。日本人だって、京都を初めて訪れた人は清水寺伏見稲荷大社にいくでしょう。ですが、二度、三度と京都を訪れたとき、また行こうと思う人はそれほど多くはありません。観光客の集中は、時間が経つにつれ落ち着いてくるのです。
 氏が言うように、観光はきちんと管理をする必要はありません。」
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 自分の事、自分の利益しか考えない日本人が急増している。
 そして、日本、日本文明、日本文化に、魅力を感じず、興味もなく関心も持たない日本人も確実に増えている。
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 日本全国の寺社仏閣は、個人や企業からの寄進や寄附金が減り修繕などの費用が不足し始めている。
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 訪日外国人の消費に頼り、依存して生きる、のが日本人の唯一の生活手段となる。
 惨めで哀れな限りである。
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 バブル経済時代、企業の社員慰安旅行として多くは大型バスを連ねて温泉地など観光地に出かけた。
 バブル崩壊後は、社員慰安旅行はなくなり、個人旅行として国内ではなく国外に出かける。
 国内旅行をするにしても、大金を使う豪遊ではなく、旅行費を切り詰めた倹約旅行である。
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 国内消費を活性化させる為に、全国民に均一1万円を渡すべく1兆2,000億円の国の借金を増やすか、将来増税する為に今減税して国の借金を増やすか、である。
 さもなくば、3,000万人の訪日外国人に最低でも平均1万円を使って貰うか。
 1兆2,000億円をばら撒いても、3分の2は簞笥預金になって市場には出回らず、4,000億円のみが市場で消費される。
 3分の2の簞笥預金は借金として残る。
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 問題は、日本民族日本人の人口激減で、それは働き手、買い物客、納税者の減少である。
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 人口激減時代を生きる日本人は、「最貧・極貧の痩せ我慢」ができるのか、「背に腹はかえられない」としてなり振り構わず行動できるのか、である。
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 日本国民日本人とは、日本民族日本人なのか、外国移民・非民族系日本人なのか。
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 少子高齢化による人口激減とは、将来を気にせず稼いだ金を貯蓄せず投資せず無駄遣い・浪費して遊び呆ける若者が減り、賃金や年金を生活費にする為に無駄な金を使わず最低限の物を買い質素倹約する老人が増える事である。
 若者は、知識欲や先取り精神や挑戦意欲のある活力が満ちた働き手であり、納税者であり、大量消費者である。
 老人は、理解力や体力などの身体機能が劣った働き手であり、年金などの受給者、社会保障の利用者であり、少量消費者である。
 製造業・加工業の製造現場が、最新最先端の高性能AIや多機能ロボットにかわれば、日本のモノ作りの強みであった職人芸・匠の技は必要ない。
 高額な高性能AIや多機能ロボットを購入すれば優れた製品が作れるのであれば、高給取りの日本人でなくても、世界市場から遠い日本でなくても、誰でも何処でも可能である。
 日本が自慢するモノ作りは通用しない。
 そして、日本国内での日本民族日本人による内需も衰退する。
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 「産めよ殖やせよ」的民族増加策を、強制する非人道的あるいは民族主義の再興、軍国主義の復活として忌避すれば日本民族日本人は減少し、民族国家日本は消滅する。
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 将来の子供の為、未来の孫世代の為と耳障りの良い事を言って自分の安定した老後の為に借金を増やしている大人がいるが、そうした大人は本気で子供や孫の事など考えてはいない。
 彼らの多くは、経済発展不要論であり、外国人移民(主に中国人移民)推進派である。
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 男性の精子は劣化、女性の卵子は老化によって、民族としての生殖機能は退化し、人種としての繁殖能力は衰退している。
 科学的生物学的において、生殖機能の退化と繁殖能力の衰退で同種の数を減らした特定種は絶滅・死滅・消滅するのが定めである。
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