🚷15〉─1─子供が消えゆく国日本。個体数が減り死滅した旅行鳩。~No.75No.76No.77 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・    
 ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスとの生存競争(生産性)に敗れて、人口を減らしながら静かに絶滅した。
 生物が消滅する時は、急激に劇的に死ぬのではなく、緩やかに自然の流れの中で消えていく。
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 旅行鳩の繁殖期は年に1度で、1回の産卵数は1個だけであった。
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 2020年8月号 Voice「文明之虚説  渡辺利夫
 子供が消えゆく国
 正方形の千代紙(ちよがみ)を二つ折り、それをまた二つに折っていく、表面積はあっという間に4分の1になる。1947~49年には260万人以上であった出生数が、71~74年にいたって200万人ほどになり、2016年には100万人を下回り、19年には90万人割れとなった。要するに若者が子供を産んでくれないのである。50歳時の未婚割合は『生涯未婚率』といわれる。15年のこの値は男性23%、女性14%を超えたいう。この比率はなお上昇していくであろうと厚労省は予測する。
 日本総研調査部の旧友・藤波匠君が『子供が消えゆく国』(日経プレミアシリーズ)を上梓(じょうし)、進呈してくれた。絶妙のタイトルではないか。どうして日本から子供が消えつつあるのか、もちろん要因を少数に絞り込めるほど単純な問題ではない。本書でも考えられる事由をすべて洗い出しているものの、出生率上昇への妙案が提示されるわけではない。低出生率の所以(ゆえん)は、これをとことん追及してもなお『解』がみつからないほど困難なテーマだということなのである。しかし、藤波君は、適齢期の若者に社会の歪(ひずみ)を押しつけていること、ここに日本の最も深刻な問題のありようをみつめる、そういう視点において一貫しているように私にはみえる。
 就職氷河期世代の晩婚化、結婚しても子供をもとうという志向性において薄いことなどを例に、社会の限られたパイの適正化を図ろうとしない日本の社会の歪んだありようを、藤波君は真摯(しんし)にみつめる。
 『「次世代が、先を生きる世代よりも、少しずつでもいいから豊かになる」という、人間社会の発展過程における至極まっとうな国のあり方を提示する』ことができなければ、日本は衰退していかざるを得ない、というのが藤波君の口吻(こうふん)である。
 コロナ感染症の拡散により社会の縁辺部に生まれる若者の雇用が次々と奪われていく姿をみて胸が痛む。平時であれば目に映ることのない現実が有事となればはっきり顕現(けんげん)してくる。日本はこんなにまで脆(もろ)い社会だったのか。みてみぬふりはこの辺りでよしにしなければなるまい」
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 ウィキペディア
 リョコウバト(旅行鳩、passenger pigeon、学名:Ectopistes migratorius)は、北アメリカ大陸東岸に棲息していたハト目ハト科の渡り鳥。生息地のアメリカにちなんで、アメリカリョコウバトとも俗称される。
 鳥類史上最も多くの数がいたと言われたが、乱獲によって20世紀初頭に絶滅した。
 形態と生態
 かつてのリョコウバトの生息域。赤色は繁殖地、オレンジ色は越冬地。
 オスの頭部と上面は青灰色、下面はバラ色、くちばしは黒、脚は赤色。羽と尾は尖っていて長かった。メスはオスより色彩が地味で、背中が淡褐色、腹は灰色であった。くちばしから尾までの全長は、40センチメートルほどであった。
 その名の通り渡りを行う鳩で、夏の営巣地はニューヨークから五大湖周辺にかけて、越冬地はメキシコ湾岸が主だった。移動速度は時速約60マイル(約96キロメートル)にも及んだという[1]。巨大な群れをつくるのが特徴で、ウィスコンシン州の営巣地で850平方マイル(約2200平方キロメートル)に1億3600万羽が確認された例もある。1810年ケンタッキー州の営巣地の群れについて、22億3000万羽以上と推計がされた記録もある。止まり木にした木の枝が重みで折れることもあったといい、止まり木の下には雪のように糞が積もっていたという。鳥類の博物画家として有名なジョン・ジェームズ・オーデュボンは、1838年の日記に、頭上を通過中のリョコウバトの群れが、まるで空を覆い尽くすかのように3日間途切れることなく飛び続けたと記録している。18世紀には北アメリカ全土で約50億羽が棲息したと推定される。
 絶滅の経緯
 リョコウバトの肉は非常に美味であったと言われ、都会でも良い値段で売れたため、銃や棒を使用して多くの人々が捕獲を行った。
 北アメリカの先住民たちもリョコウバトの肉を食用にしていたが、先住民たちはハトの繁殖期にはハト狩りを控えるなど、自然に対する配慮を守っており、必要以上にリョコウバトを殺すことはなかった。これに対し、17世紀以降にヨーロッパから北アメリカに入植して急速に勢力を拡大していた白人たちは、そのような配慮を一切持たなかった。これは、同じく白人たちの手で絶滅寸前に追いやられたアメリカバイソンやプロングホーンなど、他の北アメリカ在来の野生動物たちについても同じことが言える。
 とりわけ19世紀に入ると北アメリカにおける白人の人口は急増し、電報などの通信手段が発達すると効率的に狩猟が可能となり、食肉や飼料、また羽根布団の材料になる羽毛の採取を目的とした無制限な乱獲が行われるようになった結果、わずか数十年ほどでリョコウバトの数は激減していった。保護すべきとの声もあったが、それでもまだ莫大な数がおり検討されなかった。その間にもリョコウバトの数は減り続け、密猟が絶えなかった。ヒナまで乱獲される事態まで起こった。
 1878年ミシガン州のパトスキーの森林地域で10億近くのリョコウバトが発見された。その時点でこの数が群れとして存在しているのは奇跡に近かった。しかしながら人々は虐殺を行ったとされている。この事柄は「パトスキーの虐殺」とも呼ばれる事態となった。
 1890年代に入るとその姿はほとんど見られなくなり、ようやく保護も試みられたが、すでに手遅れであった。
 リョコウバトはそのかつての個体数とは裏腹に繁殖力の弱い鳥類であり、小さな集団では繁殖できず、繁殖期は年に1度で、しかも1回の産卵数は1個だけであった。そのため、現在ほど繁殖の技術が発達していない当時では、いったん大きく減った個体数を回復することは困難であった。また、19世紀以降、リョコウバトの本来の生息地であった森林の開発で減少に拍車をかけることとなった。
 1906年にハンターに撃ち落とされたものを最後に、野生の個種は姿を消す。1908年に7羽、1910年8月にはオハイオ州シンシナティ動物園で飼育されていた雌のマーサ(ジョージ・ワシントンの妻マーサから名をとった)のみとなる。マーサは動物園で生まれ、檻の中で一生を過ごした。1914年9月1日午後1時、マーサは老衰のため死亡し、リョコウバトは絶滅した。マーサの標本は現在スミソニアン博物館に収蔵されている。
 これらの標本からDNAを抽出して、リョコウバトを復活させようという動きがある。
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 生物種が数を増やして生き残るには限界数値が存在する。
 ノアの方舟のようなオス・メス一対では種は増える事なく死滅する。
 つまり、子供が限界数値以上生まれない限りその種は絶滅する。
 日本の出生数が激減し、少子高齢で死者が増えれば、日本民族日本人は自然消滅する。
 が、日本列島に外国人移民(中国系移民)が増えて住み続ける。
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 現代日本人の最大の関心事は、老後の生活・老後資金・年金と親の遺産相続である。
 現代日本人が求めているのは、財政赤字を増やしても老後の金を作る事である。
 財政赤字とは、子供や孫への負の遺産、返済不能な額の借金である。
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 ノアの方舟で助かったオス・メス一対の種は、絶対神の祝福を受けていれば種を増やす事が可能であった。
 日本民族日本人は、絶対神の祝福を受けていない為に奇跡は起きない。
 少子高齢化による人口激減は、日本民族日本人にとってハーメルンの笛である。
 では、ハーメルンの笛を吹いているのは誰かというと、それは日本の大人達である。
 少子高齢化は誰かの責任でもなければ誰かの陰謀ではなく、現代を生きている大人が自ら選んだ事である。
 それは、自業自得でる。
 若者達が子供を産めないように仕向けたのは、自分の老後を優先した大人達であった。
 哀れなのは未来を生きる子供達である。
 大人達とは、団塊の世代バブル経済で得をした団塊ジュニア世代である。
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 坂を転がり始めた岩は、最初は止められるが、次第に加速すると止める事ができなくなる。
 日本の出生率減少による人口激減は、もう止められない限界地点に差し掛かっている。
 そして、現代日本人には人口激減を食い止め人口を増やす事はできない。
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