🌅4〉─4・D・②─近畿初の神社倒産。多田神社(兵庫)が民事再生。政教分離の壁。〜No.30 

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 2026年9月9日 MicrosoftStartニュース MBSニュース「【近畿初の神社倒産】清和源氏発祥の「多田神社」が民事再生へ 名刀「鬼切丸」や駐車場など担保に2億円以上借り入れ…前宮司の金銭トラブルか 兵庫・川西市【帝国データバンク】
 兵庫県川西市の「多田神社」を運営する宗教法人が、8月24日までに神戸地裁へ民事再生法の適用を申請し、監督命令を受けたことが分かりました。負債総額は現在調査中だということです。
 多田神社は清和源氏発祥の地として知られ、宝刀「鬼切丸」なども所蔵する源氏ゆかりの神社です。
 神社の倒産は全国で3件目となり、近畿地方では初めてとなります(帝国データバンク調べ)。
 清和源氏ゆかりの由緒ある神社がなぜ…
 【近畿初の神社倒産】清和源氏発祥の『多田神社』が民事再生へ 名刀「鬼切丸」や駐車場など担保に2億円以上借り入れ…前宮司の金銭トラブルか 兵庫・川西市【帝国データバンク】
 帝国データバンクによりますと、多田神社は天禄元年(970年)に建てられたとされ、源満仲をはじめとする五公をまつる「清和源氏」ゆかりの神社として高い知名度を誇っていました。
 宝物殿には宝刀「鬼切丸」など多数の書画が納められ、文化財にも指定されているほか、勝負事や厄除けの神様として地域の人々から親しまれ、長く大切にされてきました。
 しかし、2023年ごろから、お金を借りるための「担保」として境内の土地などが設定される金銭トラブルが表面化していました。
 境内の差し押さえを経て民事再生へ
 【近畿初の神社倒産】清和源氏発祥の『多田神社』が民事再生へ 名刀「鬼切丸」や駐車場など担保に2億円以上借り入れ…前宮司の金銭トラブルか 兵庫・川西市【帝国データバンク】
 帝国データバンクによりますと、こうした借り入れは元々、2024年2月に亡くなった当時の宮司の金銭的なトラブルが原因とみられます。
 神社が自分たちの土地を担保にして個人からお金を借りることは通常はないということですが、宗教法人の内外の人物を含め、土地を担保にお金を借りる状況が生じていたということです。
 名刀「鬼切丸」や「平政守」などを担保に借り入れ⇒外部に送金
 【近畿初の神社倒産】清和源氏発祥の『多田神社』が民事再生へ 名刀「鬼切丸」や駐車場など担保に2億円以上借り入れ…前宮司の金銭トラブルか 兵庫・川西市【帝国データバンク】
 民事訴訟の判決などによりますと、2024年2月に亡くなった当時の宮司が境内でグランピング事業を行うなどと実態のない計画を持ち掛け、代々伝わる名刀「鬼切丸」や「平政守」といった重要文化財級の宝物や、神社が所有する駐車場などの不動産を担保にするとして業者を信用させ、3社から合わせて2億1000万円を「多田神社」名義で借り入れました。
 しかし、資金は当時の宮司の個人口座などに振り込まれた直後に外部へ送金され、神社の会計には一切反映されませんでした。
 “荒唐無稽な事業”で神社が巨額の返済義務を負う事態に…
 【近畿初の神社倒産】清和源氏発祥の『多田神社』が民事再生へ 名刀「鬼切丸」や駐車場など担保に2億円以上借り入れ…前宮司の金銭トラブルか 兵庫・川西市【帝国データバンク】
 多田神社側は「事業は荒唐無稽で、資金も神社に使われていない」として返済義務はないと訴えましたが、「貸した側に過失はない」として神社側の敗訴が続いていて、巨額の返済義務を負う事態となっていました。
 宮司が亡くなったあと、同年7月に代わりの担当者が就任したものの、お金を貸していた債権者側が資金を回収するため、担保となっていた土地などの競売に踏み切ったことで、同年9月に差し押さえを受けました。
 今後は神社を継続しながら問題解決を目指す…
 【近畿初の神社倒産】清和源氏発祥の『多田神社』が民事再生へ 名刀「鬼切丸」や駐車場など担保に2億円以上借り入れ…前宮司の金銭トラブルか 兵庫・川西市【帝国データバンク】
 その後、神社側は申し立てを行うなど争う姿勢を見せていたものの交渉は長引き、早期解決のめどが立たない状態が続いていました。
 このため今回の民事再生法適用の申し立てに至り、今後は事業を続けながら裁判所の関与のもとで財産の処分や問題の解決を目指すことになったとみられています。
 テレ朝NEWS
 清和源氏発祥の地 多田神社が“倒産” 金銭トラブルで不動産差し押さえも
 清和源氏ゆかりの神社が、民事再生法の適用を申請しました。
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 9月9日 YAHOO!JAPANニュース 帝国データバンク「【神社の倒産としては近畿初】970年創建、清和源氏発祥の地と伝わる多田神社(兵庫)が民事再生
 多田神社(2026年9月8日帝国データバンク撮影)
 宗教法人多田神社(TDB企業コード:691032017、基本財産の総額1200万円、兵庫県川西市多田院多田所町1-1、代表役員代務者齋木竜也氏)は、8月24日までに神戸地裁へ民事再生法の適用を申請し、監督命令を受けた。
 監督委員には、伊藤正治弁護士(伊藤法律事務所、兵庫県神戸市中央区相生町4-2-28)が選任されている。
 多田神社は、天禄元年(970年)創建とされ、源満仲、源頼光、源頼信、源頼義、源義家の五公を奉斎する清和源氏の祖廟として高い知名度を有する。
 宝物殿には宝刀「鬼切丸」のほか多数の書画などが収納されているほか、有形文化財にも指定。家運隆昌・勝運・厄除の守護神として崇敬されていた。 
 しかし、2023年ごろから境内の不動産に対して根抵当権が相次いで設定されるなど金銭面のトラブルが表面化するなか、2024年2月に当時の宮司が死去。同年7月には宮司代務者が就任していたが、同年9月に担保不動産の競売開始決定に基づく差押えを受けていた。
 その後、神社側は異議申し立てを行うなど争う姿勢を見せていたが、交渉は長期化。早期解決のめどが立たず、裁判所の関与の下で再生を目指すこととなった。
 負債は現在調査中。
 なお、神社の倒産は、宗教法人伊勢山皇大神宮(TDB企業コード:200110803、2003年4月破産、神奈川県)、宗教法人東照宮(TDB企業コード:144006117、2012年4月破産、青森県)に次いで3件目で、近畿では初となる。
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 9月11日 YAHOO!JAPANニュース 読売新聞オンライン「「宗教法人の経営助けるために市が負担をするのはありえない」歴史ある神社の民事再生申請で、市長が認識示す…境内には国重文も多く
 清和源氏発祥の地とされる多田神社(兵庫県川西市)を運営する宗教法人が民事再生法の適用を申請した問題で、川西市の越田謙治郎市長は10日、「宗教法人の経営を助けるために市が負担をすることはありえない」との認識を示した。
 【写真】清和源氏ゆかりの多田神社
 越田市長は市役所で「民間の宗教法人の経営にコメントする立場ではない」と言及しながら、「非常に歴史的な価値がある市の象徴で、大切な場所なので、残念だ」と述べた。
 神社の本殿や拝殿などが国重要文化財に指定されるなど貴重な建造物も多い。越田市長は政教分離の観点から、市の負担を否定した上で「どう保護していくかについては文化庁や県教育委員会と適宜、情報共有している」と明らかにした。
 市は、発祥の地をアピールし、毎年4月には、市を中心とした実行委員会が市街地で「清和源氏まつり」を開いている。越田市長は「今まで通り、しっかりと取り組む」と影響がないことを強調した。
 兵庫県
 多田神社は970年に清和天皇のひ孫にあたる源満仲により「多田院」として建立された。2023年頃から境内の不動産に根抵当権が設定されるなどしていた。24年、当時の宮司が死亡し、担保になった土地の競売開始決定に基づく差し押さえを受けていた。先月、民事再生法の適用申請をし、裁判所の関与の下で再生を図ることになっている。
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🌄10〉─3・③─観光立国を目指す日本で地方のインバウンド誘致による地域振興を阻むコンテンツ欠如と甘い認識。~No.47 

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 自民党がおこなっていた、巨額なばらまき政策による地方創生の大半は失敗し赤字を生み出し地方をさらに衰退させた。
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 2026年9月9日 YAHOO!JAPANニュース 東洋経済オンライン「「日本人も訪れない観光地」に外国人は惹かれない! インバウンド誘致を阻む地方のコンテンツ欠如と甘い認識
 「日本人も訪れない観光地」に外国人は惹かれない! インバウンド誘致を阻む地方のコンテンツ欠如と甘い認識
 2026年7月1日から、国際観光旅客税(出国税)が3000円に引き上げられました。27年のインバウンドを8%増の4700万人、日本人海外旅行者数を1500万人として、27年の出国税の税収は単純計算で1860億円となります。
 【首位は関東、では2位は?】地方別の外国人観光客の宿泊者数
 朝日新聞の報道によると、出国税の一部は熊対策やサクラの害虫防疫対策にも流用されているとのことです。出国税は目的税なので、観光客が頻繁に訪れているエリアの対策ならば理解はできますが、もし報道の通りであるならば検証の必要性も感じます。
 理解に苦しむのは、25年7月24日の全国知事会の提言です。産経新聞の報道によると、四国や東九州などで構想段階にある新幹線の着工とその財源確保に出国税の活用を求める声が出たそうです。
■新幹線を通すだけでは不十分
 これは極めて重要なポイントで、率直に言って、観光をかなり甘く見ていると感じます。
 「ゆるキャラを作ったら、人は来る」
 「大河ドラマを誘致すれば、人は来る」
 「SNS対策をすれば、人は来る」
 「インフルエンサーを呼べば?」
 「キャンペーンをやれば?」
 「モニュメントを作れば?」
 といった安易な意見が出されがちですが、「新幹線があれば、人は来る」という考え方もその延長線上にあるのでしょうか。
 しかし、現実は、そこまで単純ではありません。特にインバウンドの場合、わざわざ有給休暇を取り、訪日するだけでかなりのコストをかけなければいけません。また全世界どこへでも行けるこの時代に、あえて日本を選んでもらうためには、当然しっかりとしたコンテンツを用意する必要があります。さらには旅行ですから、もちろん楽しくないといけませんし、勉強や刺激になったりと、思い出にもなる内容が不可欠です。
 新幹線さえあれば、訪れてくれるわけではないのです。
 東海道新幹線はインバウンドの利用が多いですが、その多くは東京、京都、新大阪で降ります。途中にそれ以外の駅はあっても、特別な理由がない限り、降りません。一時期は「ゴールデンルート」とも言われていましたが、残念ながらそれは勘違いです。
 東北新幹線、上越新幹線、山形新幹線などは整備されていますが、東海道新幹線などと比べるとインバウンドや国内観光客の利用が多いとは言えません。
 観光庁が発表している令和7年の「延宿泊者数」のデータでは、山形県は全体の0.72%、インバウンドの0.16%のみです。東北6県でも、全体の5.9%、インバウンドの1.6%程度で、宮城県が東北全体の誘致の4分の1、インバウンドの3分の1を占めています。
■軽井沢と安中榛名の違い
 もちろん、まず有力なコンテンツがあるうえに、新幹線が通っていれば、人は集まります。しかし、コンテンツがない中で、新幹線を通しても観光は成立しません。たとえば軽井沢には多くの観光客が訪れますが、東京から出発してその1つ手前の駅である安中榛名に降りる観光客は少ないのです。
 日本は観光戦略において、インバウンドの地方宿泊数を30年まで1.3億泊に増やすことを目標に掲げていますが、はたして達成は可能でしょうか。
 実は、インバウンドは日本人観光客がよく訪れるエリアを好んで訪れることがわかっています。逆に言えば、日本人があまり行かないところにはインバウンドも行きません。
 延宿泊者数のデータを分析すると、日本人観光客が泊まる観光地とインバウンドが泊まる観光地に0.67というかなり強い相関関係があります。インバウンドは日本人以上に東京、京都、大阪に集中しているともいわれます。実際、日本人の延宿泊者数の20.1%はこの3カ所に泊まっていますが、インバウンドになるとその割合は57.7%にも跳ね上がります。
 この差の最大の原因は東京です。インバウンドは33.5%の宿泊を東京で過ごしていますが、日本人は9.9%だけです。集中度合いの6割は東京への偏在で説明できます。
 もっとも東京と大阪に集中するのはしかたがないでしょう。主な国際空港は東京と大阪にありますので、どうしてもインバウンドは大都市に集まります。イギリスでもインバウンドはロンドンでの滞在が宿泊数の約4割を占めています。
■日本人が訪れたい観光地をインバウンドも好む
 インバウンドがいまだ増え続けている日本では、初めての訪日が多くなる分、どうしても有名どころへ向かいます。東京から入ったり、大阪から入ったりして、京都などに行く確率も高いです。今後リピート率が上がってくれば、もう少しエリアは分散されるでしょう。
 こうした流れの中で、注目すべきは、東京、大阪、京都を除いた分析です。
 延宿泊者数からこの3カ所を除くと、インバウンドと日本人が訪れる観光地の相関関係は0.67から0.77までさらに上がります。ということは、基本的に、日本人が訪れたいと思うような観光地にインバウンドも訪れたいということです。
 ただ、30年までに6000万人のインバウンド、15兆円の外貨を稼ぐ目標を実現するためには、地方への分散が望ましいです。
 日本人の場合、国内移動の手間や金銭的なコストは、インバウンドに比べて相対的に少ないです。その分、観光地に求められる付加価値や楽しさは少なくて済むと主張する人はいます。
 しかし、実際には、日本人観光客も、名目上インバウンドのために整備された観光コンテンツを大いに楽しんでいることも確認されています。たとえば沖縄では、アクティビティが増え、ビーチの装備が充実し、コテージタイプのホテルができ、インバウンドだけではなく、日本人観光客も増えています。
 コンテンツは単体では不十分で、多様に揃ってなんぼの世界です。ホテル、飲食、ショッピング、アクティビティ、文化財、博物館や美術館の解説案内板、国立公園などの大自然を満喫してもらうためのインフラ整備、ナイトタイムエコノミーに加え、十分なゴミ箱も用意されると、観光地として栄えます。混雑すれば、警備や他の整備で対応する必要もでてきます。これらを実現するために、出国税は3000円に引き上げられたのです。
■口コミの効果はコンテンツ次第
 地方は、キャンペーンを展開するだけでは意味がありません。魅力的なコンテンツ作りをして、魅力的な観光地作りをすれば、ネットを通じて口コミですぐ広がります。逆に、コンテンツが魅力的でなければ、口コミによって加速度的に衰退します。
 奈良市の状況は最たる例です。かつては、立派なコンテンツがあるところなのに、人が泊まらない場所として有名でした。あまり食べるところはない、泊まるところはない、夜は真っ暗などと言われていました。しかし、ホテルを増やしたり、街の整備をしたりして、現在は宿泊体験がかなり改善しています。約6割の観光収入は宿泊・飲食なので、宿泊を増やせば、自動的に飲食も増えるので、これまでの誘致戦略はかなり有効的に機能していると思います。
 事実、インバウンド戦略は当初、東京と京都、そこから大阪、さらに福岡、次は北海道と、成果が広がっています。観光庁、文化庁、環境省の国立公園課を中心に、出国税をさらに有効的に活用して、コンテンツ作りに専念して、地方への観光誘致に努める価値は極めて高いといえるでしょう。
 デービッド・アトキンソン :小西美術工藝社社長
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🌅3〉─10・②─墓じまい・無縁墓も合同埋葬の「合葬墓」が選ばれる訳。〜No.25 

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 西洋では、一つの穴に多くの死体を埋めて埋葬する集団墓地が存在する。
 モーツアルトの遺体は集団墓地に埋められた為に個人の墓がない。
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 2026年8月24日 YAHOO!JAPANニュース MRO北陸放送「「前田利家ゆかりの墓地に異変」1年で73基が「墓じまい 」朽ちかけた「無縁墓」も4000基 合同埋葬の「合葬墓」が選ばれる訳は? お寺にも「
 夏の暑さのなか、旧盆の墓参りをした人も多いと思いますが、今、お墓事情が大きく変わりつつあります。
 【写真を見る】「前田利家ゆかりの墓地に異変」1年で73基が「墓じまい 」朽ちかけた「無縁墓」も4000基 合同埋葬の「合葬墓」が選ばれる訳は? お寺にも「みんなの墓」現代のお墓事情に迫る
 取材を進めると「墓じまいをしました」「みんな一緒でもいいです」「お墓はいらない」そんな声が聞こえてきます。
■墓じまいをする人たちが急増
 旧盆の入りを控えた8月12日の石川県野々市市。先祖をいたわるように墓を丁寧に拭く姿がありました。石川県金沢市に住む、直井武久さんです。
 ◇直井武久さん…「家の仏壇と、あとはお墓にお参りするというのは、もう普段毎日来られればいいですけれど、なかなか来られないので、お盆は必ず来てますよね」
 直井さん、理由があって新しい墓です。
 ◇直井武久さん…「私、能登が出身なんですよ。七尾市の中島地区。2024年の能登半島地震でお墓が倒れて、元々あったお墓がもう、回復不能ということで、もう壊すしかないと。それで、お墓を野々市市に遺骨を移転したというか、そういうことなんです」
 地震による被害は特別なケースかもしれませんが、今、直井さんのように遺骨や墓を別の場所に移す人が増えています。
■加賀藩ゆかりの墓所「1年で73基が墓じまい」
 石川県内最大1万5000基を超える墓がある、金沢市営の野田山墓地。1587年、加賀藩の初代藩主・前田利家が兄の利久を葬ったのが始まりとされる由緒ある墓所です。
■ここで、ある異変が起きている
 ◇石材業者…「こちらです。お墓が建っていましたが、跡取りがいないということで、墓を処分して更地に戻しました」
 見渡すと、墓を撤去し、更地となった場所があちらこちらに見られます。いわゆる「墓じまい」です。
 ◇金沢市生活衛生室・内山善之室長…「こちらが墓じまいした区画になります。2025年度の実績ですと、野田山墓地全体で73件になります」
■所有者不明「無縁墓」も4000基
 また、立て札があるのは、無縁墓と呼ばれ、所有者が分からずに長年にわたって放置され、朽ちかけた墓があった場所です。
 野田山の無縁墓は、分かっているだけでおよそ4000基あり、金沢市では放置された墓石を集め、供養しています。
■家を継ぐ人がいない現実
 石川県内の墓事情に詳しい金沢石材工業協同組合の番作一之理事長は、墓じまいや無縁墓が増えた理由を次のように話します。
 ◇金沢石材工業協同組合・番作一之理事長…「新聞のお悔やみ欄を見ても、喪主とか施主になる方、長男とかでなくて、ちょっとずれた方が多い。そうなるとお墓とか、その家を継ぐ人間がおられないという形が見受けられるので、その流れが必然的にお墓事情の方にも流れてくる可能性は十二分にある」
■金沢市「合葬墓の建設を検討」
 こうした現状を受けて、金沢市では遺骨を合同で埋葬する施設市営の「合葬墓」を新たに作るか検討に入りました。
 現在、金沢市内の墓だけでみると、管理しているのは寺院が53%と大半を占め、町会が21%、市営墓地は26%で、合葬墓ができれば金沢市営の墓地では初めてとなります。(2027年2月までに結論を導き、市長に報告する)
■先進事例に見る「合葬墓が選ばれる理由」
 すでに石川県内には、8つの市町で「合葬墓」を自治体が運営しています。
 公園のように緑あふれる広々とした敷地。石川県野々市市が2022年、12億円をかけて建設した「メモリアルパークののいち」
 ◇野々市市環境衛生係・北坂清香係長…「こちらは施設型の合葬墓・納骨堂になります。こういった円形の建物と大きな庇がありまして、雨や風の日、夏の強い日差しの日でも落ち着いてお参りができる、そういった建物となっています」
 納骨堂では2058体の骨壺を10年間保管します。
 その後、木々を配置した円形の地中に遺骨を合同で埋葬する樹林型の合葬墓に移す流れです。遺骨5000体の収納が可能です。
 また、敷地内には従来の墓を建てる区画も併設されています。
■かかる費用は?
 従来型の一般墓で墓を建てる場合、100万円前後の墓の購入費用のほかに、墓の形態に応じて15万円から45万円の使用料を納めた上で、年間4800円の管理費が必要となります。
 一方、合葬墓の場合は、納骨堂で最大20万円、樹林型で最大10万円を納めれば、年間の管理費は不要で、もちろん墓の購入費もかかりません。
合葬墓は原則、野々市市の住民に限られ市外在住の場合は、通常の1.5倍の使用料で利用できます。
■利用者の思いは…
■「父が生前、合葬墓を希望した」
 ◇納骨堂を利用する、実家が野々市市で大阪に住む娘…「父が生前、こちらの合葬墓でというふうに言っておりまして、すごく広々としたところでとてもいいところだなというふうに感じまして」
■「高校生的には墓参りのハードル下がった」
 ◇納骨堂を利用する、実家が野々市市で大阪に住む孫…「勝手にめちゃくちゃ行きにくい場所を想像していたのですが、高校生的にはこういうところの方が墓参りへのハードルが下がるかなと思っています」
■「子どもや、その先の子どもは…」
 ◇合葬墓を利用する金沢在住の母娘…「自分たちはお墓を守っていけると思うが、もし自分たちが守れなくなったときに子どもたちとか、またその先の子どもたちと考えるとどうかなというところで合葬墓に。納骨堂の利用期間の10年間で、樹林型に埋葬するか、それとも金沢のどこかに移るか考えたい」
■「墓じまいして、新たに墓を移した」
 ◇従来型の墓を利用する、野々市市在住の妻…「金沢に墓があったが、年がいって、遠いところはお参りできないし、ここに移させてもらって、いい場所です」
■「やっぱり、墓じまいの決心がつかない」
 ◇従来型の墓を利用する、野々市市在住の夫…「でもね、やっぱり昔からの墓をずっとやってきて、墓じまいするのはなかなか決心がつかないとできない」
■「父は納骨堂、親族は合同埋葬」
 ◇納骨堂と樹林型を利用する野々市市在住の女性…「樹木葬に抵抗感はないですね。父は向こう側の納骨堂なので、樹林型はもう私が顔も見たこともない親族しか納骨しないので、まったく抵抗はないです。母の分を生前から一緒に予約してあるので、父のとなりに母の名前が入ります」
■合同埋葬でもいいと、よく聞くようになった
 納骨堂にも、樹林型にも、そこに眠る人の名前を記す記名板が用意されています。
◇野々市市環境衛生係・北坂清香係長…「どうしても合葬墓の場合は何々家の墓というような、これまでのような墓石を建てるタイプではないので。例えばご夫婦とかで、先にお亡くなりになられてお父さんの分をお納めしたと、お母さんが私もいつか亡くなったらおとなりに名前を並べてくださいという希望があった場合は、おとなりを空けてご準備しております」
 野々市市では、初めから他人と一緒に埋葬する樹林型の合葬墓よりも、まずは納骨堂でひとつひとつの遺骨を管理してから合葬墓に移行する方が親族の心情に配慮した形だと、当初は考えていました。ところが…
 ◇野々市市環境衛生係・北坂清香係長…「納骨堂は使用期間が10年間なので10年経ちましたら、特に延長を希望されない場合は樹林型の方にお骨を移すのですが、それなら最初から樹林型にしようかなとか、自然の緑の中の樹林のところに、お骨を納めるのもいいよねということで、実際に見て、じゃあ樹林型にしようという声はよく聞いております」
■多様化するニーズに寺院は…
 地域で墓を守ってきた寺でも、多様化するニーズへの対応の動きが見られるようになっています。
■「みんなのお墓」という選択肢
 金沢市瓢箪町にある浄土真宗 聞善寺・今井優悲住職…「みんなのお墓といいまして、どなたでも納骨いただける、皆さんで入っていただけるそういう墓。金沢サイズの骨壺ひとつをそのまま納めさせていただいて、喉ぼとけを分骨したものを本堂の阿弥陀様の下に納めさせていただいて、毎日お参りさせていただいております」
 寺はこれまで、お布施などをもとに供養や葬儀、墓の管理を担ってきましたが、こうした門徒や檀家にとらわれない新しい形が生まれ始めています。
 「みんなのお墓」は、その名の通り、誰もが利用できる合葬墓で、20万円からの永代供養料を納めれば年間の管理費はかかりません。
■墓じまいのトラブルにご注意を!
 地域の寺への安心感からこのような合葬墓を選ぶ人が増える一方で、寺によっては墓じまいでトラブルを起こすケースもあるといいます。
 ◇浄土真宗 聞善寺・今井優悲住職…「墓じまいのとき、もしくは離檀(寺の檀家を辞めること)のときに色々なお布施を、高額なお布施を要求されるということもあるそうなので、そのあたりは言われたものをそのまま払わないといけないというものではないので気をつけていただけたらと思います」
■墓じまいの言葉の意味を問う
 また、石材業を通して、墓を取り巻く供養の文化を長年見つめてきた番作一之さんは、「墓じまい」という言葉の意味をあらためて問いかけます。
 ◇金沢石材工業協同組合…番作一之理事長…「墓じまいという言葉、しまいという言葉の使い方に問題があるのではないかということもあって、もうそれで、ジエンドではなく、我々は墓じまいのお手伝いをするのではなく、お墓を改葬する(移す)お手伝いをするというふうに変えていけば、供養文化というものの考え方が根づいていける可能性があるのではないか」
 墓は亡くなった人や先祖とあらためて出会う大切な場所。
 従来どおり、墓を建てて子や孫へと受け継いでいくのか。
 それとも、受け継ぐ人がいなくなることなどを考え、合同の埋葬という形を取るのか。
 先祖を供養する文化と時代の流れのはざまで、あわせる手が揺れています。
 北陸放送
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🌅5〉─4・⑩─消えゆく伝統行事お祭りの転換期。人手確保の為には女人や外国人も巻き込む柔軟性。〜No.36 

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 2026年8月21日 YAHOO!JAPANニュース テレビ朝日系(ANN)「伝統行事“お祭り”に転換期 外部から人手確保 女人禁制撤廃も 歴史つなぐ取り組み
 『五山送り火』『郡上おどり』運営費・担い手不足 存続危機に
 京都の『五山送り火』
 各地で夏祭りが行われる時期ですが、今、祭りや伝統行事が中止となる事態が相次いでいます。長年に渡って受け継がれてきた全国各地の伝統行事が存続の危機に直面しています。
 少子高齢化などで担い手不足が深刻化する中、歴史をどう継承していけばいいのでしょうか。
 【画像】みこし担ぎ手消滅も『奇策』で祭り存続 なぜ?
 存続の危機にある伝統行事。まずは京都の『五山送り火』です。
 『五山送り火』は、京都のお盆を締めくくる、8月16日の伝統行事です。
 現世に迎えた先祖の霊を再び浄土へ送る意味を持ちます。
 今、人件費や資材高騰などの影響で資金難に陥っていて、2026年7月からクラウドファンディングを始めました。
 『資金難』以外の危機にも直面しています。
 京都五山送り火連合会の岩崎勉会長によると「異常気象による土砂崩れや倒木も相次ぎ、山の保全や維持管理にかかる負担が大幅に増えている。さらに少子高齢化や人口減少による深刻な担い手不足により、現状を維持することさえ難しく、地域の山や文化そのものが存続の危機に直面している」といいます。
 岐阜の『郡上おどり』
 岐阜の『郡上おどり』にも危機が。『郡上おどり』は岐阜県郡上市で400年以上続く日本三大盆踊りのひとつに数えられる行事で、2026年は9月5日まで30夜にわたって開催されます。
 身分制度が厳格な江戸時代に、お盆の4日間だけは身分の隔てなく踊って、融和を図ろうとしたのが始まりだということです。
 『運営費』と『担い手不足』の課題
 1つ目の課題は『運営費』です。『郡上おどり』の2025年の運営費は、総額4000万円かかりました。交通整理や雑踏警備、無料シャトルバス、ごみ処理などに費用がかかったそうです。
 郡上おどり運営委員会の事務局長は「運営費を参加者から賄う仕組みがなく、国や市の補助金に全面的に頼っている状況」だと話しています。
 2つ目の課題が『担い手不足』です。郡上市では 人口減少が続いていて、担い手・後継者不足が課題となっています。
 郡上おどりを継承する保存会のメンバーも平均年齢が60歳を超えている状況です。
人口減少で外部から人手 みこしを軽トラックで!?奇策も
 岐阜の『古川祭』
 伝統存続へ取り組んでいる事例を紹介します。岐阜の古川祭です。
岐阜県飛騨市で開催されている古川祭は、300年以上続く、氏神の神霊が山の神社から年に一回地域内に降臨するのを迎え入れる行事で、毎年4月19日・20日に開催されます。
 人口減少で『屋台』をひく人が不足
 古川祭の存続が危ぶまれているわけ、それは、人口減少です。飛騨市の人口は2020年には2万2538人でしたが、2050年には推計1万1268人と、ほぼ半減。人口減少によって、地元の人だけで祭りを存続させることが危ぶまれています。
 実際に、祭りの時に町内をめぐる豪華絢爛な『屋台』をひく人が不足。
存続のため、2024年から一部の運営組織が、外部から人を募る『ヒダスケ!』に登録した人を起用し始めました。
 外の手の起用に運営組織のメンバーは
 外の手の起用に賛成する運営組織のメンバーは「祭りは街全体をひとつにつなげるものだが、人手不足と高齢化から地元の人だけで行うのは困難になってきている。外部の人に文化や祭りに触れてもらえる機会でもあるのでありがたい」と話しています。
 一方、消極的な意見もあります。別の運営組織のメンバーからは「衣装の着付けの手伝いや外部の人の時間管理などで余計に人手が必要になり大変。それなら自分たちだけで屋台をひいた方が良いと判断をした」という声もあります。
 外の手を借りるかは屋台ごとの判断に
 そのため、外の手を借りるかは屋台ごとの判断ということになり、2026年の祭りでは、9つある屋台のうち6つを、外部の約70人が氏子と一緒に屋台をひきました。
 祭り運営する?しない?
 身近な商店街でお祭りが廃止になったケースです。北海道北見市の『ぼんぼんまつり』は、北見市中心部の商店街で30年以上前から行われてきた夏まつりです。
しかし、運営メンバーが70代から80代で、「体力的に祭りの運営に携わるのが難しい」という意見が複数上がり、2026年から廃止となりました。
 街の皆さんに、お祭りの運営に参加したいかどうかを聞きました。
 「参加している」という方です。
 京都府出身の30代男性は「仕事を3週間ほど休んで地元の祇園祭を手伝うのが恒例。自分が子どもだったころと比べ、祭りに対する人々の関心が希薄化しているように感じる」
 広島県在住の40代女性は「子どものお祭りの手伝いをしている。家事と地域行事の両立が大変」
 札幌市在住の81歳男性は「北海道の盆踊りを普及させているが、盆踊りができない親子が増えて、お祭りに来てくれない」と話していました。
 一方、「参加しない」という方です。
 神奈川県出身の26歳女性は「子どものころはお祭りに参加していた。学生の時に運営を手伝おうとしたが、面倒になって逃げだしてしまった」
 兵庫県出身の24歳女性は「面倒なので運営側はやりたくない。給料が出るならやるかも」
 大阪府出身の23歳男性は「どういう人とやるのか、誰が教えてくれるのか不安。地域のつながりが強い印象で運営に入りづらい」
 祭りの担い手不足を意外な形で解消したケースもあります。山口県光市の伊保木地区の磯部八幡宮の夏まつりは230年続き、かつては若者がみこしを担ぎ、三味線や踊りでにぎわいました。
 ただ、地区外へ働きに出る住民が増え、今では102世帯168人しか住んでいません。
人口減少で約40年前にみこしの担ぎ手はいなくなり、今では軽トラックがその役目を果たしています。  
 このような形で祭りを続ける理由について、神社の宮司は「祭りがなくなれば人と人のつながりだけでなく、土地への感謝や祈りの気持ちも薄れてしまうかもしれない。神社はただご神体をまつるだけの場所になりかねない」と話しています。
 360年超続く『獅子舞』女人禁制撤廃などで消滅危機を回避
 兵庫の『宇原獅子舞』
 伝統存続へ取り組んでいるもう1つの事例を紹介します。兵庫の宇原獅子舞です。兵庫県宍粟市で毎年10月の第2日曜日に、宇原岩田神社の祭りで五穀豊穣と無病息災を祈り奉納される獅子舞です。
 360年以上にわたり伝承されています。
 そんな宇原獅子舞ですが、過疎化の影響で10年ほど前に、宇原獅子舞保存会のメンバーが10人程度に減ってしまい、平均年齢も60代になってしまいました。そして担い手不足から12ある演目のうち、4から5演目しか披露できなくなってしまいました。
 宇原獅子舞は存続の危機に
 さらに、その後、高齢のメンバーから「これからは若い人たちに任せよう」という声が上がり、数名が離れたことで、メンバーが5人程度にまで減少。宇原獅子舞は存続の危機に。
 危機を受けて、保存会の事務局長・井口さんは「伝統が衰退して、消滅してしまうのが一番悲しい。『人が集まるのを待つ』のではなく『宇原獅子舞を取り巻く環境そのものを変えよう』と考えた」といいます。
 存続に向けた取り組み
 存続に向けどんな取り組みをしたのでしょうか。縁起が悪いなどの理由による女人禁制を撤廃し、女性の参画を推進。
 また、地元地域に限られた保存会のメンバーを地域を問わず受け入れる、など改革ともいえる取り組みを行いました。
 現在では、保存会のメンバーは35人程度まで増え、女性は約10人、2割が地元地域外となりました。
 また、平均年齢も約35歳になり、若い人も増えて、12演目すべて披露できるようになりました。
 (「羽鳥慎一モーニングショー」2026年8月21日放送分より)
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🌅5〉─7─身勝手なクレーマーによる「盆踊りの音がうるさい」との警察への通報で大混乱。〜No.39No.40 

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 反宗教無神化する現代日本で静かに神殺し仏殺しが進んでいる。
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 クレームの多くは、勝ち逃げ世代であるキレる団塊世代や不機嫌な団塊ジュニア世代である。
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 8月22日 MicrosoftStartニュース Finasee「地域社会のトラブル事例【前編】「盆踊りの音がうるさい」のクレームで大混乱…実行委員長の62歳男性がブチ切れた「身勝手なクレーマー」の正体
 中野 タツヤ
 ライター、作家
 夏休み期間にはさまざまな行事が行われますが、運営をめぐってトラブルになることもあるそうです。本連載では、ライター・作家の中野タツヤさんが身近にいる「ちょっと自己中心的で迷惑な人」の事例を描きます。
 篠田政孝は62歳。埼玉県の南部、都内寄りのA市で、米問屋を営んでいる。
 生まれも育ちもA市の篠田政孝は、取引先もほとんどが地元で、この地域に広く人脈を持っている。
 人と関わるのが好きで、面倒見がいいタイプなこともあり、昔から、町内会のまとめ役や、社会貢献活動のリーダーといった役割を担うことが多かった。
 中でも、地元の盆踊りの実行委員長は、篠田政孝が長年取り組んできた仕事だった。
 政孝は商売柄、伝統や文化を大事にするほうだった。盆踊りの実行委員長は、その思いを形にする仕事だと、半ばライフワークのように感じていたのだった。
 一方、A市が発展するにつれ、新たに流入してきた住民が増え、伝統行事の運営が困難になりつつあった。
 また、若い世代も増えてきたことで、篠田の世代の考え方は古いと感じ、反発する向きも増えていた。
 特にここ数年は、盆踊りの運営においても、そうした住民からのクレームなどでトラブルが増えており、政孝は実行委員長として心労がつのっていた。
 政孝の妻・こずえ(54歳)は、陰ながら心配しており、盆踊りの実行委員長はそろそろ引退してほしいと思っていた……。
 「ちょっと面倒なクレーマーがいてさ……」
 篠田政孝が実行委員長を務める、A市郊外の盆踊りは、毎年8月10日ごろに2日間かけて開催されるのが常だった。
 今年も盆踊りの日がやってきた。初日の夜10時ごろ、一通りの役目を終えた篠田政孝は、疲れ切った表情で帰宅したのだった。
 「どうかしたの?」
 様子を見て心配した妻・こずえに、政孝はため息をつきながら説明した。
 「どうにもこうにも。うまくいかないことが多くて、ちょっと疲れちゃってさ……」
 そう言って政孝は額の汗をタオルで拭うと、こずえが差し出した冷たい麦茶を一息に飲み干し、はあ~と大きなため息をついた。
 「しんどそうね。盆踊りの日は夜遅くまで雑務に追われるから仕方ないけど、もういい加減年なんだから、そろそろ引退してもいいんじゃないの?」
 こずえが本心から言うと、政孝は激しく首を振った。
 「いや、違う違う、そんなんじゃない。確かに疲れたっちゃ疲れたんだけど、年のせいとかそういうことじゃないから」
 「じゃあ、何があったの?」
 こずえが口をとがらせて言うと、政孝は下を向いて言いにくそうにつぶやいた。
 「いやあ、ちょっと面倒なクレーマーがいてさ……」
 「盆踊りの音がうるさい」
 「面倒なクレーマー?」
 こずえがオウム返しに問うと、政孝はさも嫌そうに顔をしかめた。そのクレーマーのせいでよほど嫌な思いをしたのだろうとこずえは思った。
 「そう。これまで受けたことがないようなトンデモなクレームでさ。どう対応していいか誰も分からなくて、結局、俺があちこち駆けずり回ることになってさ。だから、疲れちゃったんだよ……」
 政孝は本当に疲れた様子でそう言った。盆踊り会場から帰ってきた時も全身汗だくだったので、言っていることは誇張というわけでもなさそうだ、とこずえは思っていた。
 「そんなに大変だったの。いったい何があったのよ?」
 「今日は予定通り19時から盆踊りを始めたんだが、始まって早々に、盆踊りをやめろっていうクレームが入ったんだよ」
 「盆踊りをやめろ? それはさすがに乱暴じゃない? 何を根拠にそんなことを要求してきたの?」
 こずえが身を乗り出した。政孝も、よほど不満がたまっていたのか、聞き役を得て、話したい気持ちが高まったようだった。
 「そいつが言うには、盆踊りの音がうるさい、業務妨害だって」
 「え、盆踊りが?」
 「そう。そりゃもちろん、盆踊りだからさ、ちょっとうるさいかもしれんよ。広場中に聞こえるように、音量を上げているし、太鼓も叩いてるからな。祭りだから、賑やかにやるのが当たり前だろ? それを騒音だ、業務妨害だって言われるのは心外なんだよな」
 「なるほど」
 「ネチネチしてて嫌な感じだった」
 「もちろん、色んな人がいるから、中にはこういう行事をあまり良く思わない人もいるんだろうさ。でも、盆踊りは日本の伝統行事だし、そこを含めて受け継いでいくべきじゃないか? 楽しみにしてる人もたくさんいるわけだし、ちょっとくらいは我慢してもらわないと困るんだよな」
 「クレーム入れてきたのはどんな人?」
 「30代くらいの男かな。まだ若い人。仕事中だったらしくて、今すぐ音量を下げないと通報するって、すごい剣幕でさ。面倒なことに音量まで計測して、騒音基準値を超えているから業務妨害だ、とか言っちゃってさ。ネチネチしてて嫌な感じだった」
 「しょうがないよ。最近の若い人、盆踊りなんて古い行事に興味ないし。それに何でも個人主義だから、気に入らないことがあったらどんどん言ってくるわよ」
 「けど、こんなクレームにいちいち対応しているわけにもいかないし」
 「対応するのがしんどいなら、そろそろ盆踊りの委員長をやめたら……」こずえはまたこの話題を持ち出した。
 「またその話か……」
 何度も言われて不機嫌になったのか、政孝はそう言ってぷいっとそっぽを向いてしまった。
 その様子に、こずえは不満を抱きつつ、明日の夜に何事もなければいいがと不安になるのだった。
●盆踊り2日目は無事開催できたのでしょうか? 後編:【「盆踊りの騒音が100デシベルを超えています!」と警察に通報…悪質クレーマーに苦慮する62歳実行委員長の災難】にて詳細をお届けします。
 ※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません
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 8月22日 MicrosoftStartニュース Finasee「「盆踊りの騒音が100デシベルを超えています」と警察に通報…悪質クレーマーに苦慮する62歳実行委員長の災難
 <前編のあらすじ>
 62歳の篠田政孝は、埼玉県南部のA市で米問屋を営んでいる。
 生まれも育ちもA市とあって、地域社会のリーダー役を務めることも多かった。特に、毎年夏に2日間開催される恒例の盆踊りでは、長年実行委員長を務めてきた。
 人と関わるのが好きで、伝統文化を重んじる政孝にとって、ライフワークとも言える仕事だった。
 一方、A市は人口が増えており、新たに流入してきた若い住民の中には、盆踊りをはじめとする伝統行事への参加を負担に感じる人も多かった。
 中には、行事の開催自体に反対する住民もいて、実行委員長の篠田政孝は、クレーム対応に追われることが増えていたのだった。
 今年の盆踊り初日には、「盆踊りの音がうるさい、業務妨害だ」というクレームがあり、政孝が対応に駆けずり回ることに。
 さらにトラブルは盆踊り2日目にも発生したのだった……。
●前編:【「盆踊りの音がうるさい」のクレームで大混乱…実行委員長の62歳男性がブチ切れた「身勝手なクレーマー」の正体】
 「今日は何もなさそうだな……」
 埼玉県A市郊外の盆踊りは2夜連続で開催されるのが通例だった。
 その年は、8月上旬の金・土の2日間を予定していた。
 初日に「盆踊りがうるさい」というクレームがあったが、2日目も予定通り盆踊りを開催する方針だった。
 「では、皆様、ごゆっくりお楽しみください」
 実行委員長の政孝が盆踊り2日目の開会の言葉を告げると、盆踊りの曲が流れだした。あわせて、太鼓や鳴り物も威勢よく響きわたる。
 集まった浴衣姿の参加者は、中央のやぐらの周りで輪になり、曲にあわせて踊りはじめる。
 「昨日は大変だったが、今日は何もなさそうだな……」
 実行委員のテントの中で、様子を見ていた政孝は、何もなさそうだと見てとり、一人安心していたのだった。
 だが、その後、事件が発生した……。
 パトカーがやってきた
 盆踊りの曲が「東京音頭」に切り替わった瞬間だった。
 会場に1台のパトカーが乗り付けると、中から警察官があらわれた。警察官は盆踊り会場を見回し、何か納得したようにうなずいていたが、やがて実行委員会のテントを見つけ、真っ直ぐに歩み寄ってきた。
 「ああ、すみません。こちら警察のものですが、実行委員長はどなたですか?」
 テントの中のパイプ椅子で休憩していた政孝は、立ち上がり、手をあげた。
 「はあ、私ですが」
 「あのすみません。実は、騒音が迷惑だ、ちゅう通報があったもんでして……」
 「はあ?」
 政孝は啞然とした。
 「そう言われても、私たち盆踊りやってますから……」
 「まあそりゃ見れば分かりますがね、なんでも騒音が100デシベルを超えているので、条例違反だ、って言われてるみたいですわ。そこまではっきりしたことを言われると、警察としても何か対応しなきゃならんので……」
 そう言って警察官は申し訳なさそうな顔になった。怒るに怒れず、政孝には疲労感ばかりがつのっていったが、対応から逃げるわけにはいかなかった。
 「通報したのはどんな人ですか。30代くらいの若い男性じゃなかったですか?」
 「ちょっとそれは言えませんがね」
 「えっと、実は、昨日も、その人からクレームを受けたんですよ」
 「ああ、なるほど。じゃあ、つまり、その人と、そちらさんの間のトラブルちゅうことですか」
 「まあそんな感じですかね」政孝は苦々しい思いで言った。
 「見たところ、盆踊りをやっている以外、特に異常はなさそうだし、私どもはこれで帰るので、クレームについては、いちど当事者間で話し合ってもらえますかね」
 「……分かりました」
 いろいろ言いたいことはあったが、警察の配慮に感謝すべきだと思い、政孝は同意したのだった。
 「あなたもそろそろ潮時じゃない?」
 「で、クレーマーと直接会って話したってことね」
 それから1週間後。夕食の席で、こずえが政孝にそう言った。
 「ああ。でも、会わないほうが良かったかもしれんよ」政孝は苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
 「どうして?」
 「来年から盆踊りの音量を下げることになったからさ」
 「え、そうなの?」
 政孝は不満そうに肩をすくめて見せた。
 「あの手この手で理屈をつけられてさ。市の担当者や警察とも相談したんだが、騒音条例の基準値を超える音量については、やめるしかないんだってさ。納得いかんが、決まったことだからどうしようもない。みんな伝統文化への尊敬の念が欠けているよ、まったく。嘆かわしい……」
 政孝は怒りをにじませていたが、こずえはむしろそのくらいで済んでよかったとほっとしたのだった。
 「でも、それさえ守れば、来年も盆踊りを続けられるんでしょ?」
 「それは大丈夫だが……」
 「なら仕方ないわよ。どんどん若い世代に代わっていくわけだし、少しくらい運営が変わるのは当然じゃないかしら」こずえは言った。
 「そうかもしれない」政孝は寂しそうに言った。
 「あなたもそろそろ潮時じゃない?」
 「委員長のことか? まあ、そうかもしれないな。そろそろ若い人に譲るか……」
 政孝は寂しそうに笑った。
 ※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
 中野 タツヤ/ライター、作家
 出版社で書籍・Web編集者として活躍したのち独立。ヒグマ関連記事を多数手掛けた経験をもとに、日本および世界のクマ事件や、社会・行政側の対応について取材しているほか、政治や経済、投資、ビジネスに関する記事も多数執筆。2026年秋に初の小説作品『もしもヒグマが港区にあらわれたら(仮)』を刊行予定。
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 2026年8月21日 YAHOO!JAPANニュース 朝日新聞「村を救った「罪人」ひそかに語り継ぐ盆踊り 圧政直訴した若者しのぶ
 藤井淑江さんの父親が作り直した松原清介の墓(右)。左と中央は清介の両親の墓という=山口市大内長野
 山口市大内長野で16日、恒例の盆踊りがあった。この盆踊りには長く隠されてきた目的があり、参加者は、300年前に萩藩の法度を破り地域を救って散った2人の若者の功績をしのんだ。
 【写真】山口市大内長野で続く盆踊りには、村を救い、打ち首となった若者2人を弔うという隠された目的があったという=2026年8月16日、山口市大内長野
 「大内村誌」や地元有志で作った「二義少年三百年祭 清介・角左衛門を偲ぶ」などによると、江戸時代の1711年、当時の長野村は、地元領主に重い年貢や開墾の労役を課され、自殺者を出すほどだったという。村人で21歳の松原清介、19歳の常田角左衛門はこうした窮状を萩の藩府に直訴し、事実と認められて領主は追放された。当時、直訴は許されておらず、2人は直訴の罪で打ち首となった。
 地域では「罪人」を表立ってたたえることを避け、盆踊りの本当の目的として300年伝えてきた。今年も16日、2人の法要を営んだ後、二義少年奉賛会会長の久保井英雄さん(77)が「供養のための盆踊りを続けていきましょう」と語り、親子連れら約100人の盆踊りが始まった。
 松原家で育った山口県光市の藤井淑江さん(75)によると、清介の母親が萩まで行って清介の頭を持ち帰り、自宅近くの水場で頭をきれいに洗ってあげていた、という逸話が残る。
 「罪人」として立派な墓が建てられなかったのだろうといい、十数センチ角の墓石が竹やぶの中にあった。長く見失っていた藤井さんは今回、「松原家之墓」の墓石の裏に置かれた石を見つけ、「色、形、この石だったと思う」。「罪人の意識があるのか、私の父親は清介さんのことを話さなかった。もっと聞いておけばよかった」と話した。(別宮潤一)
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 霊園・墓石のヤシロ
 なぜ踊る?“盆踊り”とは
 夏の夜の風物詩といえば、“お祭”。
 そのお祭のなかでも特に盛り上がりを見せるのが、“盆踊り”です。お祭前になると、公園や公民館などで、よく子どもたちが地域の人たちと集まって練習している姿を目にします。お囃子を奏でる方や踊りの練習をしている方など、ワイワイと何やら楽しそうな雰囲気が漂っていますよね。
 盆踊りの当日は、参加者はお揃いの浴衣やTシャツなどを着て、櫓(やぐら)といわれる舞台を囲むように踊ったり、街を練り歩きながら音頭を口ずさんだりと、熱気あふれる光景が繰り広げられます。たとえ振付を知らなくても、見よう見まねで列に加わることができ、普段は一度も話したことのない人同士でも、踊りを通して仲良くなれるなど、盆踊りならではの交流も、醍醐味の一つかもしれません。
 今回は、お祭に欠かせない楽しい行事、“盆踊り”についてご紹介します。
 盆踊りの始まり
 盆踊り画像01
 盆踊りのルーツは、仏教に由来します。
 仏教の世界では、よく“念仏”という言葉を耳にしますが、これは仏様のお名前を唱え、功徳を思い浮かべることで救われ、浄土へと導かれるというもの。
 平安時代に活躍した僧侶、空也(くうや)は、この念仏に節(ふし)をつけて歌い、踊ることで布教活動をしていました。片手にひょうたんを持ち、叩いて歌うように念仏を唱えていたといい、それに踊りを加えたものが「踊り念仏」と呼ばれるようになりました。やがて鎌倉時代になると、一遍上人(いっぺんしょうにん)が空也の思想を受け継ぎ、東北から九州まで旅をして、この踊り念仏を民衆へ広めます。
 そもそも踊り念仏が広まった理由の一つに、「祖霊を送りかえすこと」がありました。これは踊る時に、“足で床を強く踏み鳴らすことで、悪霊や死霊を鎮め、あの世へ送ることができる”というもので、死者を極楽浄土へ導くことができるとも考えられていました。
こうした背景から、踊り念仏はお盆の時期に行われる先祖供養と結びつき、盆踊りが生まれます。踊ることでお迎えした死者の霊魂を慰め、あの世へ再び送り返すことができると信じられ、全国各地で盆踊りが行われるようになったといわれています。
 何が人気? 盆踊りソング
 盆踊りに使われる曲といっても、様々ですよね。
 昔は伝承音頭といって、地方独自の民謡などが中心でしたが、最近ではその年に流行した曲やアニメの曲を選ぶなど、自由に楽しんでいる地域も少なくありません。
ここでは、よく使われる曲を少しご紹介します。
●河内音頭(かわちおんど)
 大阪府の河内地方から広がった、盆踊りの定番曲。昭和30年代にレコードが大ヒットして、全国的な知名度を得ました。
●阿波おどり
 徳島県を発祥とする踊りですが、東京都や埼玉県などを中心に、全国各地に広まっています。元気のいい掛け声も、曲の一部。踊り全体を盛り上げてくれます。
●炭坑節
 「月が~出た出た~月が出た~、ヨイヨイ」のフレーズで知られる、福岡県の民謡。
 炭鉱労働者によって歌われていましたが、戦後に大流行してからは、盆踊りで使われるように。盆踊りソングのなかでは、最も人気があるといってもいいかもしれません。
●現代の曲
 松平健のヒットナンバーである『マツケンサンバ』や、氷川きよしの『きよしのズンドコ節』が人気。子どもにもわかりやすいリズムと、特徴的なテンポが支持される理由。
●アニメの曲
 『ポケモン音頭』や『ドラえもん音頭』、『アンパンマン音頭』などが有名です。保育園や幼稚園など以外に、地域のお祭でも、親子で踊れる曲としてよく使われているそうです。
 夏の夜を満喫しよう
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 暑さにうんざりする夏も、お祭だけは特別ですよね。
 最近では“ダンス”が若い世代のブームになっているようで、昔ながらの盆踊りに加えて、洋楽などにあわせた踊りを披露するところもあるそう。また、コスプレをして踊る盆踊りもあるなど、ますます多様化してきています。
 いつもは殺風景な公園やグラウンドも、盆踊りのための櫓(やぐら)の舞台が組まれると、別世界へ。皆と一緒に輪になって踊ると一体感を得ることができ、地域の良さを感じられる瞬間でもあります。
 もちろんお盆の時期は、お墓参りもお忘れなく。お仏壇でご先祖様をお迎えするだけではなく、お墓にも足をお運びくださいね。
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 2025年3月13日 YAHOO!JAPANニュース「トップクイズ「先祖」と「祖先」の違い、わかる?その使い分け、間違ってるかも!【意外と知らない日本語クイズ】
 「祖先」と「先祖」の違いって、わかりますか?似たような言葉ですが、実は意味は少し違うんです!もしかしたら、使い方を間違っているかも…!?
 「祖先」と「先祖」、ココが違う!
 「祖先」=自分より先に生きた人を表す言葉。
 「祖先」は、家系や血族の始まりにあたる人を指す場合や、先代以前の血族を広く指す場合に使用する言葉です。また、「人類の祖先」のように、より広い意味で使われることもあります。
 「先祖」=「祖先」と同じく家系の歴代の人物を指すが、その範囲が比較的小さい。
 「先祖」は家系に属した過去の人を指すため、「ご先祖様」といったように特定の血族だけを呼ぶ場合に用います。「祖先」より対象となる範囲が狭いので、「人類の先祖」といった使い方はしません。
 「祖先」と「先祖」を使い分けよう!
 「祖先」の使い方【例文】
 「祖先」は家系の初代や先代だけでなく、より広い意味で使われます。
 例文1.我が家の祖先は、南の方に住んでいたらしい。
 例文2.哺乳類の祖先について、興味深い研究結果が発表された。
 「先祖」の使い方【例文】
 「先祖」は家系の初代や先代など、特定の血族の過去に生きた人を指す時に使われる言葉です。
 例文1.先祖代々の墓が関西にある。
 例文2.先祖から受け継いできた店を、自分の代でつぶすわけにはいかない。
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 「祖先」と「先祖」の違い、わかりましたか?正しく理解して、上手に使い分けてくださいね!
 まとめ/暮らしニスタ編集部 参考/デジタル大辞泉 ※記事を再編集して配信しています。
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 2026年8月13日 くぼたクリニック スタッフブログ「盆踊りの由来・起源
 夏祭りのイベントの一つである「盆踊り」に参加したことはありますか?今はまさにその時期。方々で行われていますよね。盆踊りは単なる夏のイベントではなく、お盆の時期にお迎えしたご先祖様の霊をもてなし、一緒に過ごして送り出すという神聖な行事ともされています。
 盆踊りの由来は、仏教の「念仏踊り」だとされています。この念仏踊りとは、自分自身で念仏を唱えながら踊るもので、後に踊る人と念仏を唱える人が分かれた「踊り念仏」に発展しました。
 これらの民俗芸能がお盆と結びつき、現代の盆踊りになります。お盆にちなんで8月15日に踊って、16日にご先祖様の霊を送り出すという流れです。室町時代から始まったものであり、およそ500年の歴史を持つ厳かな行事の1つと言えます。
 一方で、盆踊りには地域交流や娯楽としての側面もあります。帰省した人々が旧友と再会したり、男女の出会いの場として機能したりと、古くからコミュニティ形成において重要な役割を担ってきました。
 盆踊りは基本的に誰でも気軽に参加できるイベントです。またこの盆踊りは日本の伝統文化のため、特に外国人観光客から人気があり、旅行のアクティビティにもなりつつあります。従来は「音頭」や「民謡」に合わせて踊っていましたが、最近では「J-pop」や「アニメソング」に合わせることも多くなりました。子供や若者も楽しんで踊れるように工夫されているのですね。
 もし近くで盆踊りを見つけたら、気軽に参加してみてはいかがでしょうか。そして、肌でその場の雰囲気や楽しさ及び夏を感じてみましょう。
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 ウィキペディア
 盆踊りは、日本において、盆の時期に先祖を供養する行事、またその行事内で行われる踊り。起源については諸説ある。
 仏教・神道の影響を受けつつも世俗的な性格を強めていった盆踊りは、江戸時代初頭に絶頂を迎えるが、明治時代期には風紀を乱すとして警察による取締りの対象となった。
 21世紀に入り、日本各地の盆踊りが重要無形民俗文化財の指定ならびに選択無形民俗文化財の選択を受けている。その一方で、盆踊りは音楽の一ジャンルとして、ポピュラー音楽のなかで命脈を保っている。
 盆踊りは日本国内にとどまらず、南北アメリカ・太平洋地域・東アジア・東南アジアでも行われている。 
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 マルクス主義的反宗教無神論者は、政教分離の原則を徹底して宗教的祭を政治・教育・社会から切り離し消滅させようとしている。
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 戦後民主主義教育における歴史教育を受けた現代日本人から民族的な文化・伝統・歴史・宗教が消え始めている。
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 多様性・多文化多宗教共生として外国人移民が急増すると、日本の民族的伝統的な宗教文化は薄められていく。
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🌁6〉─3─年金が安い為に70歳を過ぎても「死ぬまで社畜」の人生。~No.16 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道・美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 2026年8月18日 MicrosoftStartニュース プレジデントオンライン「フランス4.3%、ドイツ9.3%なのに日本だけ25.2%…「死ぬまで社畜」を覆す年金世代の"知られざる働き方"
 日本の高齢者の就労状況はどんな特徴があるか。FPでリタイアメント・アドバイザーの山崎俊輔さんは「諸外国と比較すると、日本の高齢者の就労率は極めて高い。欧州の主要国では10%にも満たないが、日本は25%を超えている」という――。
 ※本稿は、山崎俊輔『RETIRE SHIFT 人生100年時代の引退戦略』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
■60代後半男性の6割以上が働いている
 人材不足の大きなうねりを受け、企業の多くが高齢者の労働力に期待を寄せるようになってきている。少なくとも65歳までの雇用は当然のものとして理解されるようになった。今ではさすがに再雇用の社員をお荷物と思っている企業は減ってきたはずだ。
 これは私たちの引退戦略にとって大きな前進である。法律上は、希望者全員を再雇用するのが会社の義務となっているが、働く側はそれを断る自由もある。
 少なくとも65歳以上は働かなくても年金がもらえる。しかし、65歳以降も働ける時代が「リタイア・シフト」の時代である。実際、働く社員の側はどうかというと、すでに高齢者世代は驚くほど「働いている」。
 「令和7年版 高齢社会白書」に引用されている2024年のデータ(労働力調査)で、60歳代前半の就業率は73.0%のところ、65歳以上の就業率は25.2%となっており、これを見ると「たった4人に1人か」となるが、全労働者に占める60歳代後半以降の世代の割合を13.6%と紹介している。
 実は全国で働く人たちの約7.4人に1人が年金生活世代なのだ。
■70代前半でも3人に1人が働く
 また、60歳代後半以降をすべて一括りにするのではなく、さらに世代別に分類すればまったく違う世界がある。60歳代後半は就業率54.9%、70歳代前半は35.6%と、65歳以上の就業率の平均を大きく上回る。
 60歳代後半は2人に1人、70歳代前半も3人に1人が働いているわけだ。70歳代後半となるとさすがに12.2%と下がるが、これは当然だろう。
 男女別に見るとまた数字が違って見えてくる。今すでに年金生活に入っている世代はまだ女性の就業率が低かったこともあり、男女差が大きい。そのため、男性だけ取り上げてみると就業率はさらに上昇する。
 60歳代前半男性の就業率が84.0%、60歳代後半男性の就業率が62.8%、70歳代前半男性の就業率が43.8%としている。これは女性と比べて15ポイントほど高い。
■「65歳で完全リタイア」は不可能か
 男性だけで見れば、60歳代後半は3人に2人が働いていて、70歳代前半はおおむね2人に1人が働いている。「65歳で完全リタイア年金生活」「70歳現役社会なんてまだ遠い話」と思っていたら、大間違いなのだ。
 この世代で女性の就業割合が下がる理由には「年上の夫がリタイアしたら私も」という発想で引退する女性が多いことも影響しているようだ。
 平均的には女性が2歳年下の夫婦が多いというが、元気で長生きなはずの女性が、男性よりもさらに早くリタイアすることは、社会的にも本人の働きがいとしても損失だ。
 しかし、共働きのまま60歳代に達するのがこれからの世代である。男女差は縮まり、将来的には解消されていくことだろう。
■生きがいや健康維持のための「ゆる労働」
 公的年金は65歳からもらうことができるわけだから、65歳以降働く人のほとんどは、公的年金をもらいながら働いている。年金と賃金の合計額が高いと年金額が調整されるが(在職老齢年金)、多くの人はほとんど減額されないだろう。
 合計で月65万円(2026年度)を超えなければ減額にはならない(賞与等がある場合は月割換算して月収に加算)。これも多くの人が年金をもらいつつ働く動機となっている。
 では、60歳代後半の人たちは「年金だけでは生きていけないから働いている」のだろうか。どうもそれだけではないようだ。
 内閣府の「高齢者の経済生活に関する調査結果」など、高齢者の働く理由について行なった調査の多くで、回答者は、
・収入を得たいから
・生きがいや、社会との関わりを持ちたいから
・健康維持に役立つから
 などの理由を挙げる。年金収入に上乗せする収入源を確保したいという願いがあるのは間違いないが、70歳以降になるほどお金よりも生きがいや働きがいに重きが置かれる傾向があるようだ。
■「死ぬまで働かされる社畜」ではない
 そして、働けるなら働き続けたいとする意向もまた強い。どうやら、現役世代が思うような「死ぬまで働かされる」という社畜イメージと遠い世界が、今の高齢労働市場にはある。
 65歳以降の働き方においては、正社員比率が下がることは確かだ。役員や自営業者を除くと(つまり被雇用者だけを見ると)、正社員比率は23.2%に下がり、パートやアルバイトとして働く人が52.7%と、半数以上を占めるようになる。
 65歳までの「リタイア・シフト」は「給料は下がらずに働き続けられるようになる」。しかし、60歳代後半以降の「リタイア・シフト」は「給料が下がるが、勤務時間の自由度が高まり、働きがいを感じられる」、そんな働き方になるのかもしれない。
 しかもこちらは、すでに現実化している。
■勤勉なイメージのドイツすら日本の半分以下
 国の年金が満額もらえるというのに、65歳以降もこれだけ多くの人が働くのは、世界的に見ると奇妙な現象だ。
 65歳以上人口の就業率を比較したOECDの資料を見ると、フランス4.3%、イタリア5.5%、ドイツ9.3%という低い数字が並ぶ。日本の25%超という数字と比べて、なんと1ケタ以下、10%にも満たないというのは驚きだ。
 フランスやイタリアの高齢者が65歳でリタイアしての悠々自適の生活を望むというのはなんとなくイメージできる。しかし、日本人に近い勤勉のイメージがあるドイツですら、日本ほど高くはない(それでもフランス、イタリアよりは高い)。
 日本人より健康寿命が短いから高齢期は働かない、ともいえない。いずれの国も日本より健康寿命が短いとはいえ、これだけ就業率に差がつくほどではない。やはり日本の高齢者の就労意欲は高いのだろう。
 とはいえ、これらの諸国は、今後年金受給開始年齢を65歳以上に引き上げていくので、さすがに60歳代後半の就業率は高まっていくだろう。
■年金だけで生きていけるけど、働く
 アメリカでは65歳以上の就業率が18.9%と高い。これはおそらく公的な社会保障制度のカが弱く、働き続けざるを得ない高齢者世帯が多いのかもしれない。アメリカの公的年金受給開始年齢は67歳に移行する予定であることも、高い数字の一因だろうか。
 それでも日本の就業率25.7%には及ばない。健康寿命についていえばアメリカは67歳より低いので、60歳代後半の就業率が2割弱もいるというのはむしろ驚きだ。
 すなわち、体の自由が利かなくなるまでは働き続けなくてはならず、健康寿命を過ぎてからようやく公的年金をもらえるのだ。
 日本でも、経済的な理由で働かざるを得ないという人も一定数はいるだろう。しかし、「高齢社会白書」のデータなどを見る限り、「年金でなんとかやりくりできる」という世帯はかなり多い。
 すでに年金をもらえるはずの60歳代後半での就労率の高さは、働きがいを求めての選択だと思われる。
 つまり、私たちは自ら「60歳代後半も現役時代とするリタイア・シフト」の世界を選んでいるといえる。もしかしたら、雇用の裾野をさらに広げれば、日本の高齢者は社会のためにもっと働くのではないだろうか。
 リタイアする年齢、こうしたデータを踏まえ、あなたはどう考えるだろうか。

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 山崎 俊輔(やまさき・しゅんすけ)
 ファイナンシャルプランナー
 1972年生まれ。フィナンシャル・ウィズダム代表。1級DCプランナー、消費生活アドバイザー。中央大学法学部法律学科卒業。企業年金研究所、FP総研を経て独立。老後資産形成、企業年金制度(確定拠出年金)、投資教育が専門。端的でわかりやすいお金のコラムに定評がある。著書に『RETIRE SHIFT(リタイア・シフト)』(東洋経済新報社)、『老後に4000万円って本当ですか?』(日本経済新聞出版)など多数。街歩きが趣味で、ブラタモリにも登場した東京スリバチ学会に所属。

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🚷27〉─4・②─「高齢者ばかり優遇」現役世代の怒りのウラで得をしてきた「本当の強者」の正体。〜No.126 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道・美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 2026年8月15日 MicrosoftStartニュース ダイヤモンド・オンライン「「高齢者ばかり優遇」現役世代の怒りのウラで得をしてきた「本当の強者」の正体
 伊藤昌亮
 © ダイヤモンド・オンライン
 「高齢者ばかりが優遇されている」という現役世代の不満は、税や社会保険料の負担が重くなるなかで、広く共有されている。だが、日本の所得再分配や税制の変化をたどると、問題は単純な世代間格差では捉えきれない。高齢者への給付を支える一方で、富裕層からの所得移転の機能が弱まり、結果として現役世代の不公平感が高まっている構造が浮かび上がる。社会学者の伊藤昌亮氏は、こうした状況を生み出した背景をどう捉えているのか。※本稿は、社会学者の伊藤昌亮『曖昧な弱者の時代』(岩波書店)の一部を抜粋・編集したものです。
 誰も助けてもらえない
 社会のほうがまだ公平だ
 2024年の衆議院総選挙に先立って9月に行われた自民党総裁選挙では、ホリエモンなどの「ニューなわれわれ」(編集部注/税制や社会保障制度からもたらされる世代間格差や、高齢者への過度な配慮のために日本社会のイノベーションが遅々として進まないことに、危機感を示す現役世代のことを筆者はこのように表現している)のインフルエンサーは軒並み、解雇規制の緩和などを訴えていた小泉進次郎を支持し、一方で金融所得課税の強化などに触れていた石破茂に反発するような姿勢を見せていた。そこには彼らの立場が如実に示されていたと言えるだろう。
 そうした考え方を信奉しているのは、しかしホリエモンやひろゆきなどの著名人や成功者、つまり強者の位置にいる者だけではない。むしろ生活苦に苛まれている現役世代や、将来不安に怯えている若者世代など、弱者の位置にいる、もしくは自らを弱者だと捉えている多くの人たちもまた、そうした競争主義的で市場主義的な考え方を信奉している。
 そこには従来の見方からすると、2つの意味での顛倒があると言えるだろう。
 第一に従来は、高齢者こそが弱者であり、現役世代や若者世代は強者に当たるものと考えられていた。
 しかし彼らからすれば、「既得権益」の上にあぐらをかいている「既成権力」としての高齢者は、むしろ強者であり、それを支えるために税制や社会保障制度を通じて搾取されている自分たちこそが、実際には弱者だということになる。
 第二に従来は、競争政策を支持するのは強者であり、弱者は保護政策を支持するはずだと考えられていた。しかし彼らからすれば、「オールド連合」(編集部注/高齢者やオールドメディア、地方議会や公務員などひとからげにオールド視され、既得権益の上にあぐらをかいているように見える既成権力側のものを、筆者はこのように表現している)による保護政策は彼らを保護してくれるものではなく、逆に搾取するものであり、だとすれば誰も保護されることのない自己責任の競争社会のほうが、むしろ安楽だということになる。
 自分ではない誰かを守るための
 課税には「NO」と言いたい
 こうしたことから彼らは、自らを弱者として認識するとともに、しかしそうした認識にもかかわらず、保護政策を拒否し、競争政策を支持することになる。そこに現れてくるのは、従来的な「弱者のためのリベラリズム」でもなければ「強者のためのネオリベラリズム」でもなく、「弱者のためのネオリベラリズム」だと言えるだろう。
 それはいわば、ジリ貧になっていく社会を彼らが生き延びていくための世界観だ。イノベーションが進まず、生産性が上がらず、それゆえに賃金もなかなか上向かず、一方で税と社会保険料の負担がじわじわと増していくなかを生き延びていくためには、何よりもまず減税が望ましい。また、社会保障も自分たちを保護してくれるものではないのだから、給付全体の削減が望ましく、投資や副業で少しでも収入を増やしていくしかないのだから、金融所得課税の強化などもってのほか、ということになる。
 彼らが置かれているこうした苦境の中から生まれてきたのが、「弱者のためのネオリベラリズム」だと言えるだろう。
 こうした彼らの考え方、「弱者のためのネオリベラリズム」は、では本当に弱者のためになるのだろうか。あるいはそこから何らかの建設的な議論が生まれるのだろうか。
 老人優遇を隠れ蓑にして
 富裕層は大きく肥えた
 格差の大きさを示す指標であるジニ係数(編集部注/所得や資産の分配の格差を測る統計指標)には、税制や社会保障制度による所得再分配の前のものと後のものとがあるが、日本ではとくに1990年代以降、再分配前の値は大きく上昇しているものの、再分配後の値は微増するに留まっている。
 たとえば厚生労働省の調査では、1996年と2023年を比較した場合、前者は0.3764から0.5037へと大きく変化しているが、後者は0.3096から0.3163へとほとんど変化していない。このことは、日本では所得格差が拡大している一方で、その分、所得再分配の強化が進められてきたことを意味している。
 そこで富の主な移転先となっているのは、とりわけ高齢化の進行に伴って急増してきた高齢者層だが、では主な移転元となっているのは、格差の拡大によって生み出されてきた層、すなわち富裕層かというと、実は必ずしもそうではない。
 ここで富裕層をめぐる状況に目を向けてみよう。日本では1980年代半ば以降、富裕層に有利になるような税制改革が繰り返し行われてきた。ピーク時にはそれぞれ70%、75%だった所得税と相続税の最高税率は、現在では45%、55%となっており、とくに金融所得については分離課税の扱いで、約20%という低税率となっている。
 そのため給与所得よりも金融所得の割合が高い富裕層では、所得が1億円を超えるあたりで所得税の負担率が低下するという、「1億円の壁」の問題が指摘されている。また、社会保険料についても上限が設定されているため、富裕層になればなるほど負担率は低下する。
 このように今日では、富裕層からの所得移転の機能が大きく損なわれてしまっている。そうしたなかで再分配の強化が進められてきたため、一般の人々の負担が増すことになり、しかも主な移転先が高齢者層であることから、現役世代の不公平感が高まることになる。そこから生まれてきたのが世代間格差をめぐる議論であり、新旧対立という争点だったと言えるだろう。
 こうしたことからすると、この問題の核心にあるのは、実は高齢者を優遇する政治ではなく、むしろ富裕層を優遇する政治だということになる。そしてそれを推し進めてきたのは、1980年代半ば以降、日本社会の中に徐々に姿を現してきたネオリベラリズムの政治だった。つまり世代間格差という問題の実質は、ネオリベラリズムによってもたらされた貧富の格差という問題だと見ることができる。
 イノベーションを阻んだのは
 高齢者ではなく非正規雇用だった
 ここでさらに彼らの問題意識についても考えてみよう。日本社会のイノベーションが遅々として進まないという点だ。実はここにもネオリベラリズム、それも日本特有のその展開による格差の問題が関係している。雇用の格差という問題だ。
 やはり1980年代半ばから雇用の自由化が進められてきた結果、とくに1990年代後半以降、非正規雇用労働者が急増し、「正規」と「非正規」との間の格差が固定されてしまった。
 非正規雇用労働者は人的資本として十分な扱いを受けず、教育の機会を与えられなかったため、労働生産性を高めることができず、その結果、そうした労働者によって担われる、生産性の低い部門が日本全体で拡大することになる。
 2017年の厚生労働省の調査によれば、1995年から2015年までの間にアメリカでは、「高スキル職」の就業者が24.2%増加し、「低スキル職」の就業者が7.8%増加したが、日本では前者の増加率が18.4%だったのに対して、後者の増加率は140.4%にも及ぶ。
 また、日本の「低スキル職」に非正規雇用労働者が占める割合は、1997年の28.0%から2012年の52.3%へと大きく上昇している。
 いわゆるIT革命が進行し、イノベーションの中核を担うべき場であるIT産業に人材が集まらなければならなかったときに、日本では非正規雇用の急激な拡大により、生産性の低い部門ばかりが肥大し、高い部門が十分に成長することができなかった。実際、1995年から2015年までの間にアメリカではIT産業の就業者が95.1%増加したが、日本の増加率は41.7%に留まっている。
 こうした事情がデジタル化への対応の遅れを招き、イノベーションが遅々として進まないという体質の一因となったのではないだろうか。
 『 曖昧な弱者の時代 』(伊藤昌亮、岩波書店)
 © ダイヤモンド・オンライン
 このようにネオリベラリズムの政治、それも一部の富裕層に加えて正社員ばかりを大事にするような日本特有のその展開は、貧富の格差を拡大するとともに雇用の格差を固定することで、日本社会の中から公平性を奪い、さらに成長力を奪ってしまった。
 だとすれば、そうした体制のいわば被害者である「ニューなわれわれ」がネオリベラルな考え方を強く信奉しているという状況は、矛盾したものだと言わざるをえないだろう。自らの苦境を生み出すもとになった体制を熱心に応援していることになるからだ。
 ましてや高齢者やマスメディアなど、叩きやすい敵をいくら叩いてみても、元来の体制の批判にはならない。そうして感情的になるのではなく、むしろ複雑さを複雑さとして捉えたうえで批判を展開していくことが、彼らには求められているのではないだろうか。
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