🧣6〉─1─犯罪件数の減少と体感治安。~No.16No.17No.18 ⑤ 

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 2020年12月3日号 週刊新潮古市憲寿 誰の味方でもありません
 『気持ち』のエビデンス
 『凶悪な少年犯罪が増え、治安が悪化する一方だ』。
 約20年前、このような論調が流行していた。確かに当時、神戸連続児童殺傷事件や西鉄バスジャック事件など、世間の耳目(じもく)を集める少年犯罪が毎年のように起こっていた。結果として、刑事処分の対象年齢が引き下げられるなど、社会は少年犯罪の厳罰化に舵を切ってきた。
 しかし統計を見れば3秒でわかるように、少年犯罪、その中でも凶悪犯罪は、長期的に見れば大きく減少している。殺人で検挙された20歳未満の人数は、1960年代までは300~400人程度で推移していたのが、70年代後半には100人前後まで低下、最近では年間40~60人程度である。強盗などの凶悪犯罪や、全年齢の犯罪にも似た傾向が見られる。
 日本の治安は、昔に比べて劇的に改善しているのだ。この事実は当時から指摘されていたが、意外な反論に遭った。いくら統計的に犯罪率が下がっていても、とても感覚的にはそう思えないというのだ。特に警察トップが『体感治安』という言葉を多用し、数字が苦手な評論家も『体感治安』の悪化を憂えていた。
 あまりにひどい論法だち思う。人々の『気持ち』に準拠して社会を構築していいなら、ディストピアを作るのも簡単だ。実際の殺人数が膨大でも、犯罪報道を統制したら、『体感治安』なんてよくなってしまう。
 さすがに最近では『治安が悪くなる一方』という勘違いをする論者は減ってきた。統計という客観的データを前にして、『気持ち』を重視した主張するのは無理だと気付いたのだろうか。『エビデンス』という言葉が流行するくらいに、この国のリテラシーも上がってきたのだと思っていた。
 だが、このたびの新型コロナウイルス騒動では、『気持ち』を根拠に議論する人々が大量に出現した。彼らは、いくら最新の統計や研究成果を前にしても、『怖い』の一点張りだった。『東アジアでは感染者数が抑えられている』『陽性者を全て把握できていなかったとしても、死者数を見る限り、日本で感染爆発は起こっていない』などの基本的なデータからも目を背け、まるで宗教のように恐怖を煽り続けた。
 興味深いのは、その中に、かつて『体感治安』を批判した論者も含まれていることだ。政府批判ができれば主張内容はどうでもいいのかも知れないが、『気持ち』を根拠にした論議は危険である。誰もが好き嫌いを表明してもいいが、他人を巻き込む権利まではない。
 しかし難しいのは、ミルの『自由論』では、他人の自由に干渉できるのは、自衛の場合のみと述べられている。まさに治安も感染症も自衛に関わる。実際、公衆衛生においては、多少の自由を制限することが正当とされてきた。
 ただの『気持ち』も、公衆衛生の問題とすり替えられてしまうと、途端に反論がしにくくなるのだ。街が怖いというのなら、それを他人に強要するのではなく、自分だけでスティホームをしていればいいと思うけど。」
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 同調圧力・空気圧・場の空気に動じないポジティブな日本人が2割、同調圧力・空気圧・場の空気を煽るネガティブな日本人が3割、マスコミ・SNA・口コミ・風評などに煽られて動く中身が薄い日本人が5割。
 自分は同調圧力・空気圧・場の空気に動かされないと信じ込んでいる日本人が5割の中に存在する。
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 就職氷河期世代(ロストジェネレーション世代)とは、1970年代生まれで、1990年代のバブル経済崩壊の不況期に就職活動を経験した世代。
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 20年~30年前、少年による学校内暴力、通り魔殺人、家庭内暴力尊属殺人など数多くの事件が起きていた。
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 青少年も20年たてば中高年となる。
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 2020年、中高年で、引きこもって親の年金で生活(8050問題)している、非正規低収入貧困、親の遺産をめぐる兄弟の争続争い、親の介護放棄、未婚などなどが深刻な社会問題となっている。
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 親子世代間の没交流が原因で、老人を狙ったオレオレ詐欺振り込め詐欺が多発している。
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 普通に生活している中高年が、同調圧力・空気圧・場の空気で自粛警察・マスク警察やSNSなどでによるイジメ・嫌がらせを行っている。
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 キレる老人。
 ゴミ屋敷をつくる中高年。
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 将来、団塊の世代団塊ジュニアの世代を中心に認知症患者が急増すると言われている。
 1947~1949年のベビーブーム時代が団塊の世代
 1971~74年の団塊の世代の子供が団塊ジュニア
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 現代日本社会は、同調圧力、空気圧が支配するブラック社会で、未来は暗く憂鬱である。
 現代の日本人は、悲観的、消極的で、内向きで、ねくらで、将来に対する夢も希望もなく、ストレス・鬱憤を晴らす為に正義を振りかざし自粛警察となって他人を攻撃し、陰湿なイジメや嫌がらせを行っている。
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¥5〉─1─新小日本主義。日本人は経済大国意識を捨て経済小国を自覚して生きるべき。~No.15No.16No.17No.18 ② 

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 日本はもう二度と経済大国にはなれない、それが偽らざる現実、実像である。
 過去の栄光は、未来には役に立たない。
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 リベラル派・革新派そして一部の保守派は新小日本主義者で、日本は身の丈にあった生活で充分で無理して経済大国を目指す必要がないと考えている。
 左翼・左派・ネットサハはゼロ日本論者で、日本にはもう経済成長はいらないと信じ、人間らしい生活を目指して活動している。
 彼らには、未来はなく、将来の光は暗く、夢も希望も乏しい。
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 2020年11月23日 MicrosoftNews
 東洋経済オンライン「日本人が即刻捨てるべき「経済大国」という幻想 確実に「小国」になる未来がやってくる
 加谷 珪一 2020/11/23 09:10
 © 東洋経済オンライン 日本を待ち受ける未来とは?(写真:bee / PIXTA)
 国際競争力の低下と少子高齢化が再三叫ばれる一方、多くの日本人は自国を「大国」であるとなぜか信じている。しかし、数々の統計やランキングは、日本が間違いなく「小国」になることを冷徹に示している。『日本は小国になるが、それは絶望ではない』を上梓した加谷珪一氏が、日本が小国に転じる未来と、「小国・日本」の進む道を論じる。
 今後、日本の人口が増加することはない
 日本の人口が急激に減りつつあることは多くの国民にとって共通認識だが、真の意味で人口減少がもたらす影響についてはあまり知られていない。
 2020年、日本の総人口は約1億2600万人。2008年に1億2800万人を突破したのをピークに、人口は減少している。厚生労働省の調査によると、2019年に生まれた子どもの数は86万4000人で、統計開始以来初めて90万人を割った。このまま出生数の低下が続くと、2100年には4906万人にまで人口が減ってしまう。およそ80年で8000万人も減るのだから、これは100万人都市が毎年1つずつ消滅する計算だ。仙台市(109万人)や千葉市(98万人)などが毎年消えると言われれば、そのインパクトがわかるだろう。
 この話を聞いて、多くの人が「少子化対策を充実させるべきだ」と考えるだろう。しかしこれを実現するのは容易ではない。人口動態というものは50年、100年という単位で動くものであり、今からではすでにタイミングが遅すぎるのだ。
 今、社会では人口減少と高齢化が同時進行している。総人口が減る一方、高齢者の寿命は年々延びており、日本の人口は、老人が多く若者が少ない逆ピラミッド型にシフトしている。現役世代は、昭和時代と比較して、社会保険料や税金などの経済的負担が極めて重くなっていることは明らかである。
 例えば、何らかの手段で人為的に出生率を上げたとすると、老人の数は変わらず子どもの数が増え、人口ピラミッドは中央がくぼんだ形となる。単純に出生率を上げるだけでは、子育て世代の国民に想像を絶する過度な負担がかかってしまうのだ。
 こうした人口動態による制約条件を考えると、今後、出生率が高まり人口が増加に転じる可能性はほぼゼロに近いと考えたほうがよいだろう。
 「大国の条件」が証明する日本の小国化
 全世界には200近くの国家が存在するが、5000万人以上の人口を持つ国は28カ国しかない。人口という点に限って言えば、5000万という数が大国の基準と言えるだろう。
 もちろん人口が多ければ豊かとは限らないが、人口の多い国はGDPも大きくなる傾向が見られる。次に示す人口のランキングで上位を占めるのは中国とインドで、中国には約14億人、インドには13.5億人の人が住む。次いで、アメリカ、インドネシア、ブラジルと続き、日本は10位。
 一方、2019年時点で全世界のGDPは約87兆ドルで、5000億ドル以上の規模を持つ国はたった25カ国。GDPという観点では、5000億ドル以上の規模を持つことが大国の条件と考えられる。
 ドイツやイギリス、フランス、イタリアなどのいわゆる先進主要国は、人口は中国などと比較すると多くないが、それでも6000万人から8000万人の人口があり、人口という面においても大国に分類されている。一方、パキスタンやナイジェリア、バングラデシュGDPは5000億ドルに迫る勢いで、人口の多寡はGDPの規模に大きく影響していると言える。
 日本経済研究センターによると、2060年における日本のGDPは4.6兆ドルでほぼゼロ成長の見通しだが、アメリカは34.7兆ドル、中国は32.2兆ドル、インドは25.5兆ドルと日本の5.5~7.5倍にまで規模を拡大させることが予想されている。5000億ドルのボーダーラインを割るには至らないものの、日本の相対的な規模は著しく小さくなってしまう。
 人口減少に加え、産業競争力の低下という問題にも直面している日本は、このままでは人口とGDPの両面で、ほぼ確実に小国化するのである。
 小国になることは、不幸なことなのか
 ここまでを読むと、もはや日本の未来に明るい材料はないと思ってしまうかもしれないが、これは「日本が何も変わらない」場合のことである。むしろ、小国となっても豊かな社会を実現できるポテンシャルを日本は持っているのだ。
 現に、シンガポールスウェーデンなど、世界には豊かな社会を実現している小国がいくつもあるが、これらの国々に共通するのは「高い生産性」である。人口が少なくても、国民それぞれが大きく稼ぐことで、豊かな社会を実現しているのだ。
 日本の場合、まだ1億人以上の大きな人口(市場)という他国にないアドバンテージを持っている。人口減少は避けられないが、本格的な人口減少が現実のものとなる前に企業の生産性を高めれば、日本は豊かになれるのである。
 いま、日本に必要なのは、「日本は経済大国」「日本はものづくり大国」といった幻想から脱却し、生産性を高める産業構造へ変革することだ。それは、これまでの常識をリセットする、大変革である。コロナ禍で世界が大きく変わりつつある現在、日本は最大の転換期を迎えているといっても過言ではないのだ。
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 現代の日本人は昔の日本人は別人の日本人である。
 昔の日本人の戦後復興・高度経済成長・バブル経済までの業績は、現代の日本人とは関係ない。
 昔の日本人が賢く優れていたからと言って、現代の日本人も無条件で賢く優れているとは限らない。
 鳶が鷹を生む事があるが、鷹が鳶を生むとはかぎらない。
 昔の日本人は鷹であったが、現代の日本人は鷹とは限らず鳶かもしれない。
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 日本人は、精神力が弱く心が脆い為に、認められ、誉められ、煽てられ、励まされると、天狗になり、馬鹿になり、他人が無能に見えてくる。
 日本人は、「褒め殺しに」弱い。
 1980年後半のバブル経済で日本人は優秀な人間と煽てられ馬鹿になり、1990年初頭のバブル経済崩壊で日本人は愚かになり無能になった。
 日本人は、本当の自分を見失った。
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 昭和54(1979)年 エズラ・F・ ヴォーゲル 著『ジャパン アズ ナンバーワン: アメリカへの教訓』(広中和歌子、木本彰子 訳) TBSブリタニカ
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 ウィキペディア
 『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(原題:Japan as Number One: Lessons for America)は、社会学エズラ・ヴォーゲルによる1979年の著書。
 戦後の日本経済の高度経済成長の要因を分析し、日本的経営を高く評価している。日本語版は、広中和歌子・木本彰子の訳により『ジャパン アズ ナンバーワン: アメリカへの教訓』として、TBSブリタニカから英語版より1ヶ月遅れで出版された。日本人が日本特有の経済・社会制度を再評価するきっかけのひとつとなり、70万部を超えるベストセラーとなるなど、一世を風靡した。現在でも、日本経済の黄金期(1980年代の安定成長期、ハイテク景気〜バブル景気)を象徴的に表す語としてしばしば用いられる。
 この著作の主要なテーマは、単に日本人の特性を美化するにとどまらず、何を学ぶべきで、何を学ぶべきでないかを明瞭に示唆した点である。実際最後の章はアメリカへのレッスンと書かれている。
 具体的には、まず日本の高い経済成長の基盤になったのは、日本人の学習への意欲と読書習慣であるとしている。ヴォーゲルによれば、この当時の日本人の数学力はイスラエルに次ぎ2位で、情報については7位だが、他の科学分野についても2位から3位であるという。ヴォーゲルは日本人の1日の読書時間の合計が米国人の2倍に当たることや、新聞の発行部数の多さなどにより日本人の学習への意欲と読書習慣を例証している。
 また、ヴォーゲルは、この本が出た当時、日本人は他の国の人たちより英語力は明らかに劣っているが今はまだそれは大きな問題ではない、優秀な通商産業省や大蔵省主導の経済への強烈な関与がまた日本の競争力を高めていると語っている。
 CCCメディアハウス調べによると、日本での累計発行部数は70万部を超える。1984年出版の、同著者による『ジャパン アズ ナンバーワン再考』は日本で13万部を発行。
 21世紀に入ってから、ヴォーゲルが中国研究者ということもあり、高度経済成長からバブル経済に差し掛かってるともされる中国でも注目され、翻訳と発売もされている(題名は『日本第一』)。
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 2010年8月7日 日本経済新聞石橋湛山 貫いた「小日本主義」 戦争と言論人 足跡を訪ねて
 「社会を明朗ならしむる第一条件は言論の絶対自由だ」
 1933年(昭和8年)1月、石橋湛山東洋経済新報の社説で共産党の検挙事件について、弾圧よりも大いに共産主義を語らせる言論の自由を認めるべきだと説いた。共産思想に誤った部分があるにしても、言論の自由があってはじめて人々はそれに気がつくのであって、弾圧によっては何も改善されないという。
 戦後、内閣総理大臣に就任したころ(1956年12月)
 =石橋湛山記念財団提供
 湛山は他の社説でも言論の自由は「うっ積すべき社会の不満を排せつせしめ、その爆発を防ぐ唯一の安全弁」であるとし、様々な報道がなされることで国民の批判能力を養い、「見解を偏らしめず、均衡を得た世論」をつくると訴えた。
 「湛山の言う言論の自由とはすべての人にとっての自由。どんな過激な主張でも国民はそれを知ってから判断すべきだということ」と湛山が設立した社団法人「経済倶楽部」理事長、浅野純次さん(70)は言う。
 植民地を棄てよ
 しかし、湛山が言論の絶対自由を訴えた33年に京大の滝川事件、35年には天皇機関説問題が起き、思想・言論の弾圧は過激思想どころか自由主義やごく常識的な学説にまで及んでいった。湛山は言論抑圧で国民の視野が狭まり、極端な方向に進むことを懸念した。
 それまでも「一切を棄(す)つるの覚悟」(21年社説)で朝鮮、台湾、満州などの植民地、権益の放棄を主張。「大日本主義の幻想」(同)で軍事力による膨張主義を批判し、平和な貿易立国を目指す「小日本主義」を提唱した。そして「いかなる民族といえども、他民族の属国たるを愉快とするごとき事実は古来ほとんどない」と植民地の人々の心情に対する日本人の想像力の欠如も指摘した。
 湛山の母校、甲府第一高校の教諭だった山梨平和ミュージアム石橋湛山記念館)理事長の浅川保さん(64)は「植民地を全部捨てろというのは当時の国策と百八十度違う過激な意見。でも、その後の日本の進む道を予見している。日本の近代史に残る名論文だと思う」と評価する。
 31年の満州事変を機に新聞の軍部批判は影を潜め、世論は戦時体制一色となった。その中で湛山は「国防線は日本海にて十分」「中国全国民を敵に回し、引いては世界列強を敵に回し、何の利益があるか」と孤高の論陣を張り続ける。ときには軍部を「ばい菌」とまで痛罵(つうば)した。
 現実の数字重視
 「経済雑誌の伝統として現実のデータを重視するプラグマティズムがあった。最大の貿易相手の米国と戦うことの損失は湛山にとっては明らかなことだった」と東洋経済新報社社長の柴生田晴四さん(62)は話す。
 太平洋戦争が始まってからも自由主義の旗を降ろさない湛山と東洋経済新報は軍部ににらまれる。社内では軍部に協力しようとの声も上がったが、湛山は断固反対した。「伝統も主義も捨て、軍部に迎合し、ただ東洋経済新報の形だけ残しても無意味だ。そんな醜態を演じるなら、いっそ自爆して滅びた方がいい」
 湛山の孫で石橋湛山記念財団理事長の石橋省三さん(61)は、晩年の湛山の書斎の前の扉が厚い鉄板だったことを覚えている。襲撃に備えたもので、命懸けの言論活動の名残だった。
 日本国中が敗戦に打ちひしがれ、絶望していた45年8月、湛山は真骨頂ともいえる論説を書く。「更生日本の門出 前途は洋々たり」として、日本は科学精神に徹底し、世界平和の戦士として全力を尽くせば未来は明るいと見通した。
 省三さんは言う。「祖父は日本人の能力を信じていた。一方で、寄らば大樹で流されたことを反省し、自律した考えを持つことを求めていた」
 いしばし・たんざん(1884~1973年)東京生まれ。新聞社を経て1911年に東洋経済新報に入社、のちに社長。自由貿易こそ日本を発展させるとして、武力による対外膨張政策を批判。植民をすべて放棄する「小日本主義」を唱えるなど、軍国主義に反対し続けた。
 戦後は第1次吉田茂内閣の蔵相に就任。47年に公職追放。解除後に鳩山一郎内閣の通産相を務める。56年12月に内閣総理大臣となるが、遊説中に倒れ、翌年2月に退任した。
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 昭和前期、報道機関は軍部の弾圧により、戦時体制下に組み込まれた。軍国主義の嵐の中、弾圧と戦い、現実的な「常識と正論」を説いた言論人は数少なかった。厳しい時局での少数意見の中には、単純な反戦思想だけではなく、現在にも通じる日本の国民性批判も含まれている。代表的な言論人のゆかりの人を訪ね、その足跡を振り返る。
 (この企画は編集委員の井上亮が担当します)」
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🥓21〉─4─日本の「メンタルヘルス・パンデミック」。武漢コロナと同調圧力で自殺者が急増。~No.99No.100No.101 ⑯ 

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 現代の日本人は昔の日本人とは違う、別人のような日本人である。
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 2020年11月21日22:51 MicrosoftNews HARBOR BUSINESSOnline「コロナの死者よりも多い自殺者数に海外メディアが驚愕。日本の「メンタルヘルスパンデミック
ハーバー・ビジネス・オンライン 2020/11/21 15:31
 © HARBOR BUSINESS Online 提供 photo via Pexels
 列島が首相の交代やGoToトラベルキャンペーンに沸いた今夏。専門家が警告していたとおり、秋の訪れとともにコロナの感染者が激増しているが、その陰では同じく深刻な問題が発生し、日本国民の命を奪っている。
 新型コロナよりも多く失われた命
 「10月、自殺によってコロナの10か月間よりも多くの日本の命が奪われる」と衝撃的な見出しが躍ったのは、「CBS NEWS」だ。日本における自殺者の数が多いのは今に始まったことではない。というか、日々の「人身事故」などが当たり前になりすぎて、我々の感覚が麻痺しているという面もあるだろう。(参照:CBS NEWS)
 しかし、そんな「自殺大国」でも、コロナショック下での自殺者数の増加は海外メディアにとって衝撃的だったようだ。
 「新型コロナウイルス感染症そのものよりも、はるかに多くの日本人が自殺によって亡くなっている。これはパンデミックの経済、社会的影響が絡んでいると思われる。全国の死者が2000人以下と、日本はコロナの流行に対して他国よりうまく対応した一方、警察庁の仮統計によれば10月だけで自殺者数は2153にも昇っている。これで上昇するのは4か月連続だ。
 現在日本では、今年に自ら命を奪った人の数は1万7000人以上にも昇る。10月の自殺者数は例年より600人多く、女性の自殺は全体の約3割と80%以上上昇している」
 特に注目したいのは、女性や子どもの自殺が増えているという点だ。
 「主に育児を担ってきた女性は、パンデミックによる失業や不安の矢面に立たされている。また、彼女たちはよりDV被害の危険性に晒されており、相談所によれば世界各国と同じく日本でも状況は悪化している。全体から見ると子どもの自殺はもっと少ないが、こちらも上昇している」
 最悪の状況はこれから
 日本ではこれまで女性や子どもの社会的地位や権利が低すぎると議論されてきたが、コロナショックが引き金となり、まさにその層が被害を受けているのである。
 「日本は長きにわたって高い自殺率と奮闘してきた。それには複雑な理由があるが、7月に方向転換をするまで今年の自殺者数は下降傾向にあった。(自殺者数が増えたのは)『みんなで頑張ろう』というパンデミックの前向きさが欠け、緩衝材となっていた補助金インパクトが消えたからかもしれない」
 同記事は専門家のコメントを紹介しながら、こうした傾向は今後他国にも波及していくのではないかと分析している。
 「『我々はメンタルヘルスの流行の真っ只中にいます。状況は悪化していくでしょう』。先日、アメリカ心理学会会長のビビアン・ペンダー博士は、CBSの『サンデー・モーニング』でそう話した。
 『まだ、最悪の状況は終わっていないと?』。スーザン・スペンス記者は彼女にそう尋ねた。
 『いいえ、まったく。メンタルヘルスに関しては、最悪の状況はこれからでしょう。大勢の亡くなった人たちや失われた機会、夢、抱いていた希望に対しての深い悲しみと悲観が訪れます』」
 新型コロナウイルスが拡大するのと並行して、メンタルヘルスに関連したパンデミックがやってくる……。すでに日本はその第一波に飲み込まれているのだ。
 ウィズコロナの疲弊でメンタルヘルスが悪化
 新型コロナウイルスによる自殺者は世界中で増えているが、もとより高い自殺者に悩まされていた日本の現状は、まさに桁違いなのだ。
 「Bloomberg」も、「日本の自殺者急増が、コロナによるメンタルヘルスの死者数を示す」と、この問題を取り上げている。暗澹とした気持ちにさせられるのは、「一部の層」が特に被害を受けているという事実だ。(参照:Bloomberg
 「政府の統計によると、8月の自殺件数は15.4%・1854人に上昇した。なかでも、より少数の自殺、女性の自殺は約40%に跳ね上がっている。小〜高校までの学生の自殺件数は59人と前年の倍以上となった」
 「経済的に、コロナウイルスは不釣合いに女性を影響している。小売りやサービス業など、より変則的な雇用についていることが多いからだ。昨今の日本の失業のうち、彼女たちは66%を占めている」
 また、親へのストレスが増していることで、子どもたちが発している「危険サイン」も見過ごされがちになっているという。同記事によれば、ここ数年日本の自殺者数は低下傾向にあるものの、未成年の自殺件数はいまだ上昇し続けている。
 進まないメンタルヘルスへの理解も背景に
 「アジアでは、欧米に比べてメンタルヘルスの問題について汚点がつきまとうことが、死者数の原因かもしれない。例えば日本では、自分の感情や本当の自分を見せることに対して、社会的圧力がある」
 真っ先に「自助」を求められる社会では、追い詰められたときに助けを求めることすら叶わない。まさに生き地獄だ。
 「自殺者数は初め、ウイルスの感染拡大を防ぐため、春に政府が発表した緊急事態宣言の間は低下した。専門家は、職場や学校のストレスから離れたせいだとした。こうした集団的な連帯は、戦争や自然災害によっても発生した。
 しかし、経済が再開するとともに、一部の国民は置いてきぼりにされた。たとえば解雇された労働者や、家に居続けなければならなかった人たちだ。日本では、3か月間の閉鎖後、6月から学校が再開した。統計によればイジメが増加し、学業に追いつくためのストレスが加わった」
 あまりに多い自殺者数、先進国のなかで遅れに遅れている女性の社会進出、イジメ……。これらはすっかり我々にとって「当たり前の日常」となってしまった。いや、人によってはそれを「日本の文化」とすら呼ぶかもしれない。
 しかし、それは目の前にある問題に対して、無感覚になっていたことの裏返しなのかもしれない。これだけ多くの人が自ら命を奪ってしまう状況は、決して「当たり前」ではない。むしろ、当たり前であってはならないだろう。
 日々の生活を送るだけでも不安やストレスに蝕まれる今、たとえ身近な人の問題であっても、救いの手を差し伸べることは難しいかもしれない。だが、こうした問題に対して見て見ぬ振りをするのではなく、それを直視し、苦しんでいる人がいると理解するだけでも、社会は変わるはずだ。
 はたして、海外メディアがメンタルヘルスの「ワーストケース」として取り上げる日本はどうなるのだろう。
 こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556
 <取材・文・訳/林 泰人> 
 【林泰人】
 ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン」
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 日本人は、精神面が弱い為に自殺者が多い。
 日本人は、精神的に脆弱でひ弱で軟弱で、ネガティブ・悲観的で視線恐怖症・対人恐怖症・赤面症・被害妄想・脅迫的自責の念などの心理的に脆い面があり、その為にポジティブ・攻撃的外向的楽観的ではなく消極的防御的内向的で「心の鎧」が無力になると自己崩壊を起こ自己破壊・自己抹殺・自殺しやすい。
 日本民族が精神論・精神主義が好きなのはこの為で、日本人から精神論・精神主義を取り除いたら極寒の嵐の中を裸で歩くようなもである。
 日本には、万物、物資両面、全ての面で、生身の自分以外に寄辺、頼るところがなにもないのである。
 日本民族の祖先は、中国大陸や朝鮮半島での競争に負け逃げてきた弱者・敗者であった。
 日本民族とは、弱い人間で、「人を殺して自分が生き残るのではなく、自分を殺して人を生かす」事に喜びを感じる。
 東日本大震災津波にのみ込まれた日本人は、家族や知人、女性や子供が柱や物に掴まって助かるのを見て安堵して流されていった。
 それが、「自分を犠牲にしても他者を助ける」というカミカゼ特攻の精神=靖国神社の志につながっている。
 日本民族は、「弱い者は虐めない」「弱い者を泣かせるな」「強気を挫き弱気を助く」で女性や子供を優先的に助けていた。
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🧣26〉─12─児童虐待防止法施行20年。児童虐待とDV、強い因果も対応難しく。~No.115 ⑲ 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・    
 日本は幾ら法律を作っても、正しく運用される事が少なく、よって効果も限定的に留まって犠牲者を増やしているだけである。
 政治家も官僚・役人も、法律を作る時は異常なほどの情熱を燃やすが、法律が出来てしまうとその後の事には関心がない。
 つまり、「仏作って魂入れず」である。
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 2020年11月20日 産経新聞児童虐待とDV、強い因果も対応難しく 児童虐待防止法施行20年
 Wリボンバッジ
 児童相談所(児相)への通告義務などを規定した児童虐待防止法の施行から20日で20年。児相が虐待と判断して対応する案件は年々増加し、令和元年度には約19万3千件に達した。特に多いのは、子供の前で配偶者に暴力をふるう「面前DV」を含めた心理的虐待だ。ただ、家庭内では配偶者へのDVと同時に、子供への身体的虐待が起きているケースが多くみられる。国や自治体も対策に乗り出しているが、適用される法律や支援窓口が分かれているため、連携は難しいものとなっている。(大渡美咲)
■表裏一体
 女性への暴力根絶のシンボル「パープルリボン」と、児童虐待防止のシンボル「オレンジリボン」を組み合わせた「Wリボン」。平成23年に考案した大阪府吹田市男女共同参画センターは「児童虐待の裏にはDV、DVの裏には児童虐待がある。片方を救って終わりではなく、一体となって取り組まなければという思いがあった」と話す。
 近年、東京都目黒区と千葉県野田市で起きた虐待死事件では、いずれも母親が父親からDVを受けていたことが刑事裁判の中で明らかになり、児童虐待とDVの関連性が注目された。
 目黒区の事件で船戸結愛(ゆあ)ちゃん=当時(5)=を死なせたとして、保護責任者遺棄致死罪で懲役8年の実刑が確定した結愛ちゃんの実の母親は、再婚相手である元夫=同罪などで懲役13年確定=から、毎日1時間以上の説教を受けていた。母親の弁護人を務めた大谷恭子弁護士は、「逮捕前まで母親は夫が作った考えや価値観に支配されていた」と説明する。
 実際、厚生労働省の専門委員会が平成19年1月~30年3月に発生・発覚した児童虐待死亡事例を分析したところ、死亡した児童の実母の18・9%がDVを受けていた。ただ検証できていないケースも多く、実態はさらに多い可能性もある。
■手が回らず
 児童虐待とDVは、同じ家庭内で起きている暴力だが、適用される法律や支援窓口が異なることから一体となった支援が難しい。
 DVについて地域の配偶者暴力相談支援センターなどで相談をしても、一時保護の決定権限は売春防止法に基づく婦人相談所にしかなく、支援に切れ目が出てしまう。児相も子供の対応に手いっぱいで、DV対応まで手を回すことは不可能だ。
 DV被害者支援に携わるNPO法人「全国女性シェルターネット」の共同代表で広島大学ハラスメント相談室の北仲千里准教授によると、子供への性的虐待と母親へのDVが同時に起きている家庭への支援で、母子の一時保護に向けて説得したが、母親自身が「DVではない」と言い、子供だけが保護されたため、両親が支援者を敵視し、それ以上の介入ができなくなったケースもあったという。
 子供が小さい場合は、同時に公的シェルターに一時保護が可能だが、子供が大きくなった場合、とくに中高校生の男子などは一緒に入れる施設がないという課題もある。
 北仲氏は「現場の裁量ではできることが限られている。きちんとした法律を作って専門家を育て、マンパワーを投入していくことが必要」と訴えた。」
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🌁14〉─2─直視されない日本の潜在化した教育格差。~No.51No.52 ⑧ 

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 直視されない日本の「教育格差」
 新型コロナの感染拡大が再び懸念されている。経済的打撃への対策は重要だが、教育環境への対応は比較的手薄になっている感が否めない。文部科学省はコロナ禍における実態調査を進めているが、方法も含めて十分とは言えないのが現状だ。直視されないまま深刻化する日本の「教育格差」の現実に迫る。
 潜在化した教育格差、コロナ禍でも実態調査を軽視するニッポン
 『松岡亮二』 2020/11/20
 松岡亮二(早稲田大准教授)
 「新型コロナ禍で教育格差は拡大するのでしょうか」と、聞かれることが増えました。私はその都度、具体的かつ建設的な議論をするために5つの重要な前提を共有することにしています。
 1つ目は、「教育格差」の定義です。育った家庭の経済的、文化的、社会的な資源量で構成される社会経済的地位(Socioeconomic status、以下SES)、出身地域、性別などの子供本人が選択したわけではない初期条件である「生まれ」によって、学力や最終学歴といった教育成果に差があることを「教育格差」と呼びます。
 次に、「教育格差」は近年だけの現象ではないことです。たとえば、程度の差は多少ありますが、戦後に生まれ育ったすべての世代で、SESの代理指標である父親の学歴と子供の学歴達成に関連があります。同様に、出身地域が大都市部であると地方出身に比べて大卒になる傾向があります。性別による結果の格差は近年縮小してきましたがなくなったわけではないですし、有名大学や専攻分野間の男女の偏りはいまだにかなり大きい実態があります。
 3つ目は、「教育格差」の一部である「子供の貧困」も、近年だけの現象ではないことです。メディアが報じるようになった2008年以前、たとえば、景気が良かった1980年代であっても相対的貧困下にある子供たちは数多く存在しました。
 4点目は、個人の経験で「教育格差」を論じる危うさです。「生まれ」による学力などの差は小学校入学前から確認できますし、98%の児童が通う公立の小学校間にもさまざまな格差があります。個人の経験が日本全体の「ふつう」とは限らないので、自身の経験や目に入るエピソードだけで望ましい教育や政策を考えると、議論の出発点であるべき現状認識がそもそもずれていることになります。
 最後に、日本が「凡庸な教育格差社会」であることです。他国におけるエピソードの一部を切り取って「日本の教育は平等だ」という主張を耳にすることがありますが、日本の「生まれ」と教育成果の関連の度合いは経済協力開発機構OECD)加盟国と比べて特別に高いわけでも低いわけでもありません。平凡です。
 これら5点を前提とすると、冒頭の質問に対する回答は、「コロナ禍で教育格差が拡大している可能性はあります。まずは調査で実態を把握する必要があります」となります。
 面白みのない回答と思われたでしょうか。確かに、現状把握の不足という指摘そのものは手っ取り早い高揚感を与えてくれません。しかし、少子化とはいえ、1学年100万以上の子供がいます。そんな規模の「日本の教育」を変えたいのであれば、社会全体の現状を可能な限りそのまま把握する必要があるはずです。私はそう信じ、データが描く日本の実態を議論の出発点にするため、『教育格差:階層・地域・学歴』(ちくま新書)を著しました。
 病気になったらまず診断をしてから治療に移ります。新しく開発された花粉症の症状を抑える抗ヒスタミン薬が骨折に効かないように、適切な現状把握がなければ、対策に効果は期待できないわけです。しかし、日本の教育行政では、実態把握が弱いまま対策が提言され、それらの効果も計測しない、という「やりっ放し」が繰り返されてきました。
 コロナ禍の一斉休校についても、学校、学年、学級などでオンライン教育への対応に相当な違いがあると報じられましたが、文部科学省は不十分な実態調査しか行っていません。その上、この調査の単純集計の結果をそのまま鵜呑みにして報じるメディアも散見されました。
 具体的に紹介しましょう。文科省は公立校の設置者である教育委員会を対象とした調査、「新型コロナウイルス感染症対策のための学校の臨時休業に関連した公立学校における学習指導等の取組状況について」を4月に、「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた公立学校における学習指導等に関する状況について」を6月に実施し、集計結果を公表しました。
 「同時双方向型のオンライン指導を通じた家庭学習」が注目され、4月時点の「5%」という数字が盛んに報じられましたが、この数値にはいったい何の意味があるのでしょうか。
 まず、教育委員会の回答担当者が調査作成者の意図通りに設問を解釈していたのか不明です。公立校の設置者は政令指定都市から市町村までの自治体を含むので、学校数にはかなりの幅があります。
 教育委員会の担当者は所管内の学校数が多い場合、コロナ禍で対応が割れる各学校の教育活動をどこまで把握していたのでしょうか。それに、調査票を見る限り、「同時双方向型のオンライン指導」を実践している(あるいは実践する予定の)学級が1つでもあれば、この選択肢を満たすかどうかも、回答者の判断に委ねられています。
 調査票の設問に難があることに加え、集計結果も実態を反映しているとは言えません。公表資料では、回答した設置者のうち5%が「同時双方向型のオンライン指導を通じた家庭学習」を課す方針、という単純集計の結果が示されています。
 自治体のうちの5%と聞いて、みなさんは具体的に想像できるでしょうか。どの設置者が回答しているのか分かるのですから、せめて学校数や児童・生徒数に換算しないと、日本全体でどの程度の公立校が同時双方向型のオンライン教育をしているのか(しようとしているのか)全体像が見えてきません。もし5%の中に小学校が100校以上あるような政令指定都市、あるいは、1校しかない町村が入っていれば、数値が与える印象は相当に変わります。
 6月の調査では「5%」が「15%」になったとこれも多くの報道がありましたが、4月調査は1213、6月の調査で1794と回答した設置者数が異なるので比較は不適切です。また、両方回答した設置者のみに限定できたところで、設置者単位なので児童・生徒数や学校数に換算したら、5%が15%になった、という数字から喚起される理解とは大きく違う実態があり得ます。
 これらの調査で、文科省が十分な実態把握をしたとはいえないでしょう。休業対応で追われる学校現場の調査負担を減らすという理念は理解できますが、緊急事態だからこそ学校間で教育実践が異なっているはずです。
 普段自覚症状がなければ年に1回の人間ドックで十分かもしれませんが、体調に異変を感じたのであれば、診察や検査の回数と種類を増やすことはあっても減らすことはないはずです。何らかの症状がありそうだからこそ、むしろ意味のある調査を増やし、各学校がどのような実践をしているのか明らかにする必要があるといえないでしょうか。
 もっとも、国(文科省)ではなく学校現場に近い自治体が詳細を把握しているのであればよいのかもしれません。しかし、未曽有の一斉休校にもかかわらず、自治体の調査もだいぶ心許ないのが実態のようです。
 文科省が各自治体による調査の実施状況を集計していないので新聞記事のデータベースを検索してみると、学校間の実践の違いを明らかにできそうな実態調査を行った都道府県の教育委員会は、埼玉、福岡、千葉、兵庫などと多くありません。その上、さいたま、福岡、千葉、神戸といった政令指定都市は権限が独立しているので県の調査に含まれません。各県内で人口が最も多い都市部の学校の状態が一つの調査で分からないことを意味します。
 本稿では、埼玉県教委の2回の調査結果を通して、コロナ禍における学校現場の実態を概観しましょう。埼玉県教委は5月下旬に各学校の教育実践を把握するために、さいたま市を除く県内公立小中学校・義務教育学校の全数を対象とした学校調査を行いました。小学校702校、中学校355校、義務教育学校1校が対象で、回収率は100%です。
 本来は教師と児童・生徒まで対象を広げるべきですが、文科省の設置者を対象とした調査と比べれば、現場で何が起きていたのかを把握する解像度がずっと上がります。もちろん、調査に回答した各学校の担当者が学校内の取組状況をすべて知っているのかには疑問が残りますが、教育委員会の担当者が所管の学校すべてについて回答するよりはずっと実態を反映しているはずです。
 この学校調査の結果を見ると、同じ県内の公立校であっても学校間でICT(情報通信技術)を活用した教育実践の有無に大きな差があることが分かります。たとえば、臨時休業中に家庭学習で「グーグルクラスルーム」などのオンラインシステムを用いたのは小学校で12%、中学校で10%にとどまりました。「市町村教育委員会が独自に作成した授業動画」を活用した学習を課してきた小中学校の数も4割に届きません。
 課題のホームページ掲載やメール送信などまで含めると、ICTを活用していた学校は小学校で84%、中学校は80%となりますが、これらのうち9割近くの学校が家庭のICT端末に依存していて、保有するタブレット端末などを貸し出した学校は約1割にとどまります。さらには、小中学校のどちらも約2割の学校は、家庭のICT環境の有無を調査していませんでした。把握している学校でも対象児童・生徒に支援できていない学校が約3割ありました。
 8月には、2回目の調査として通常登校再開後の状況に関する調査が実施されました。 この結果を見ると、学校間のさまざまな違いがより鮮明となります。たとえば、臨時休業から夏休みまでの間にすべての学校が一度は授業や家庭におけるICT活用を行いましたが、通常登校再開後も継続して活用した学校は約半数にとどまります。換言すれば、臨時休業期間のみ、もしくは分散登校までの期間でICT活用をやめた学校が半数近く存在します。
 ICT利用法だけではなく、授業内容の進度と今後の予定、授業時間数の不足と確保するための取り組み、感染症対策を考慮した指導方法、再び休校になった際の家庭学習の指導方針予定等など、同じ県内であっても学校間でさまざまな違いがあります。
 「同じ教育機会」を提供しているはずの公立小中学校間の対応に差がある実態は、不思議なものではありません。現状は、義務教育であってもさまざまな観点で学校間格差があります。平常時であれば学習指導要領や授業時間などによって標準化されているので、学校間の取り組みの差は大きくは表面化しませんが、コロナ禍一斉休校という緊急事態で各学校が独自に判断しなければならない領域が大幅に増え、結果として実践の学校間格差が拡大した、と考えられます。
 ICT活用の対応の遅さや通常登校再開後にICT活用をやめたことなどを批判することは簡単です。公立校は福祉的役割を持つので、確かに、すべてに対応してほしいという切実な願いは理解できます。
 ただ、一方で学校現場を叱咤激励するだけでは目に見えた効果は期待できません。行政としてできることは、なぜ、ICT活用をしない学校があるのか、その背景を明らかにして、具体的に実践を変える手助けをすることではないでしょうか。
 たとえば、埼玉県の2回目の調査によると、「学校再開後の授業や家庭学習におけるICT活用について、どのような課題がありますか」という設問に対して、端末などの整備不足を挙げている学校は小学校で74%、中学校で76%あります。同様に、ネットワーク環境の未整備が小中学校それぞれ73%、71%、「ICT関係の研修が不足」は49%、54%、「準備にかなりの時間が割かれるため、教員の負担が増えている」が56%、63%となっています。
 また、「ICT活用能力が高い教員はいるものの、教員の活用能力に差が大きい」と回答している小学校は71%、中学校で78%となっています。これらの回答から物的・人的資源への投資不足が見えてきます。一方、公立校のICT活用の遅さに対する批判で聞かれる「新しいことに対してなかなか踏み出せない教員が多い」学校は小学校で12%、中学校で21%と、少なくとも各学校の回答者によれば、そこまで高いわけではありません。
 遅々として進まないICT活用の背景に物的・人的資源の不足があるのであれば、単なる叱咤激励では、アレルギー反応で呼吸が苦しい子供相手に「気合が足りない」と言っているようなものではないでしょうか。「正しい心構え」を説教している暇があるのであれば、アレルギー症状を引き起こす原因物質を見つけて除去したり医者に連れて行ったりしたほうが、症状の緩和という結果を出すことができるはずです。
 同様に、ICTを効果的に活用するという結果を出すためには、埼玉県のような学校単位の調査を日本のすべての学校で行い、どのような学校で何が足りないのか診断する必要があります。ここでも各学校の社会経済的な状況を無視することはできません。埼玉県の1回目の調査にあったように、ICTを活用した学習支援の際、公立校の9割は家庭のICT資源に依存していました。
 高SES地域であれば公立校でも児童・生徒の大半が家庭で端末と安定したインターネット回線を所持しているでしょうから、学校側もICTを活用した授業や家庭学習を実施しやすかったはずです。結果的に、学校が提供するオンライン教育にも子供の家庭のSESによる格差がありました。この点は、法政大の多喜弘文准教授との共同研究「新型コロナ禍におけるオンライン教育と機会の不平等」で内閣府のデータを分析して実証的に示しています。
 日本中のすべての学校のデータがあれば、どのような学校や自治体で物的・人的資源が不足していたのか、その背景の分析が可能になります。実態を把握した上で、どの学校にどのような資源を手当てすれば実際にICT活用が普及するのか、といった議論ができるようになるわけです。
 また、埼玉県の2回目の調査でICT活用を学校再開後にやめてしまった学校が約半数あったように、教育実践と学校経営は時間の経過と共に変化していきます。埼玉県のように全学校にIDを付与し、継続的に調査して追跡データ(パネルデータ)化することで、どのような特性のある学校が各種の実践を継続、あるいは中止しているのかを分析することができます。
 特に新型コロナの次波が懸念される現時点では、感染クラスター発生で学校単位の臨時休校があり得ます。普段から学校調査を定期的に行い固有の学校IDを用いてパネルデータ化しておけば、休校の有無と学校の教育実践の関連などを検討することができます。コロナ禍が終息していないからこそ、意味のある調査の回数と種類を増やし、例年実施してきた調査を含めたパネルデータを作成しておくべきです。
 回答者が一人の学校調査と比べるとコロナ禍での実施が難しいのが、児童・生徒と保護者を対象とした調査です。小学6年生と中学3年生の全員を対象とした「全国学力・学習状況調査」(いわゆる全国学力テスト)は例年4月に実施するのですが、一斉休校で中止となりました。
 福岡教育大の川口俊明准教授の近著『全国学力テストはなぜ失敗したのか:学力調査を科学する』(岩波書店)に詳しいように、この調査では設計上、年度間の学力の比較はできないので、コロナ禍で学力がどう変化したのかを明らかにすることはできません。
 ただ、もし学校再開後に実施できていれば、少なくとも、どのような学校で基礎問題の正答率が低いとか、児童・生徒の望ましくない生活習慣が例年より増えているといった現状把握はできたはずです。悉皆の全国学力テストとは別に予定されていた、抽出の保護者調査を含む経年変化分析調査が行われなかったのは特に残念でした。
 コロナ禍の影響がすべての児童・生徒や学校にとってまったく同じということは考えられません。全体的に「みんな」大変、少なくとも不便なことが増えたのは確かでしょう。しかし、そんな印象論で対策を考えても効果は期待できません。どのような児童・生徒と学校・地域で特に苦しいのかを診断する調査が必要なのです。
 日本の義務教育制度は教育機会を広く付与する努力をしてきましたが、戦後日本はずっと教育格差社会のままです。また、OECD諸国と比べて教育格差が特に小さいわけではありません。親のSESに違いがあり、SESによって居住地域も偏っているので、教育行政と学校だけで、教育格差を縮小することは現実的ではありません。税制度や福祉政策などを含め、省庁横断的な対策が求められます。
 一方で、現在の学校教育の枠組みの中でも改善できることはたくさんあるはずです。戦後日本社会の教育格差の実態と向き合えば、「今まで」の教育行政と学校で「うまく回ってきた」わけではないことが分かるはずです。「そんなもんだ」と虚無に陥ったり、問題がないふりをしたりするのではなく、教育格差の理論と先行研究を踏まえた上で、データで現状把握して、少しでも効果のある対策を模索するべきではないでしょうか。
 残念なことに、教育行政による現状把握のための調査が不足しているだけではありません。既存の調査、たとえば、全国学力テストの児童・生徒質問紙と学校質問紙の項目の多くに学術的根拠がないことは明らかなのですが、文科省の内部から改善する動きは見えてきません。
 特に学校質問紙は回答を誘導するような文言など、実態を計測する物差しとして機能していません。ただ、まっとうな調査による現状認識が不十分であることについて、文科省や各教育委員会を非難するつもりはありません。現行の制度では、教育格差や社会調査の基本的な科目を履修しなくても、教育行政職に就くことができてしまうのです。
 同様に、教育格差と社会調査を学ばなくても、教師になることができます。子供に対して意味のあるアンケートを作成したり、全国学力テストなどの学級・学校の集計結果を理解したりするためには、教育格差と社会調査の基礎を学ぶことは必須といえますが、教職課程で「教育格差」はほとんど教えられていませんし、社会調査も必修ではありません。
 「大学のカリキュラムになくても、自発的に学ぶべきだ」と教育行政官と教師批判したところで、結果は期待できないでしょう。自己責任にするよりも、教育行政職については新卒採用時に社会調査士の資格取得を必須にする、勤務時間内に研修する、修士課程で学ぶ人数が増えるような条件整備を進める、全国学力テストについては社会調査の専門家の助言を基に先行研究によって学術的に裏付けられた調査票に全面的に差し替えるなど、結果を出すための対策が求められます。
 また、学生の読書量や知的好奇心が十分でないと嘆くよりも、教職課程で「教育格差」を必修化すべきです。叱咤激励で一部の人しか反応しないと憤っている暇があるのであれば、実際に結果を出すことにこだわった政策を打つべきなのです。
 声高に他者を非難したところで反発や対立を招くばかりです。私たちに必要なのは、データと研究知見に基づいて、どうすれば実際に現実を変えることができるのかを議論することです。
 また、継続的な改善のためには、必修化による効果の測定も求められます。仕組みが形骸化しないように不断の改善の努力は欠かすことができません。私の提案は拙著の他に、「教育再生実行会議 初等中等教育ワーキング・グループ」への提出資料「『教育格差』縮小のための政策提言」にまとめました。
 これらのような現行制度の欠陥を補う作業も重要ですが、長期的には、教育行政職と教職が最も人気のある職業になるような条件整備を進めたいところです。残念ながら現時点では、どのような人たちが教育行政職と教職を選んできたのかという実態すら分かっていないので、まずは現状把握のための大規模調査が必要です。その上で、収入や実質的な労働時間といった勤務条件の改善などの政策的な介入によって、より望ましい人材が教育界に入ってくるのかを検証する、という改善サイクルの確立が求められます。
 一人一人が「生まれ」に縛られず自身の可能性を最大限に追求できる社会を作るために、教育制度・実践の微修正を怠ることはできません。何しろ教育格差は戦後ずっと存在してきたのです。
 そんな先人たちが解決できてこなかった課題と日々向き合い、少しでも改善しようとする教育行政に携わるすべての公務員と教師は、社会のヒーローです。教育関係者が広くヒーローとして認知され、子供たちが率先して自分もヒーローになりたいと手を挙げる。日本がそんな社会であってほしいと思いませんか?
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🧣26〉─11─児相の児童虐待対応、最多19万3千件 防止法施行20年で17倍に。~No.114 

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 同調圧力は、乳幼児・児童・子供を親・大人らによる虐待・虐殺から救う事なく見捨てている。
 同調圧力とは、陰険なブラックな心の源泉である。
 日本人の心とは、非情で冷血なブラックである。
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 昔の日本人は、現代の日本人と違って子供は国の宝、祖先の生まれ変わり、氏神様の子・御仏の子として大事に育てた。
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 2020年11月18日 産経新聞「児相の児童虐待対応、最多19万3千件 防止法施行20年で17倍に
 警察官の臨場のもと、臨検・捜索にあたる児童相談所職員=大津市
 全国の児童相談所(児相)が令和元年度に対応した児童虐待の件数は19万3780件(速報値)で、前年度より3万3942件(21・2%)増え、過去最多を更新したことが18日、厚生労働省のまとめで分かった。児相への通告義務などを規定した児童虐待防止法の施行から今月20日で20年。平成11年度(1万1631件)からの20年間で、対応件数は約17倍に増加した。法施行などに伴う相談体制の強化に加え、凄惨(せいさん)な虐待事件が相次ぎ、国民の関心が高まったことが背景にあるとみられる。
 全国215カ所の児相に寄せられた通報や相談、警察からの通告のうち、児相が虐待の疑いが強いと判断し、親への指導や施設入所などの対応を取ったケースを集計した。対応件数は、調査を開始した平成2年度から29年連続で増加している。
 内容別では、子供の前で配偶者に暴力をふるう「面前DV」や他のきょうだいと差別的扱いをするなどの心理的虐待が10万9118件(前年度比2万727件増)と最も多く、全体の56%を占めた。次いで身体的虐待が4万9240件(同9002件増)、ネグレクト(育児放棄)が3万3345件(同3866件増)。性的虐待も2077件(同347件増)あった。
 都道府県別では、大阪が2万4643件(同3949件増)で最多。東京2万1659件(同4692件増)、神奈川2万449件(同3177件増)と続き、最少は鳥取の110件(同30件増)だった。
 児相に寄せられる情報は警察からの通告が9万6473件で最も多く、全体の50%を占めた。他は近隣・知人2万5285件(13%)、家族・親戚1万5799件(8%)で、虐待児童本人からは全体の1%にあたる1663件だった。」
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🧣27〉─1─死刑に、日弁連の約1.4%が反対・廃止、国民は約8割が賛成・存続。~No.116No.117No.118 * ⑳ 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・    
 日本の死刑は、法律ではなく、日本国民が望んでいるからである。 
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 死刑反対を訴える左派系人権派の頭にあるのは、歴史問題として、戦前の皇族に対する大逆罪と共産主義無政府主義に対する治安維持法での死刑を認めない為である。
 つまり、人道ではなく、イデオロギーで反対しているのである。
   ・   ・   ・   
 昭和天皇や皇族の殺害に失敗した日本人無政府主義テロリストやキリスト教朝鮮人テロリストは、大逆罪で処刑された。
 幸徳秋水は、大逆罪で処刑された。
 治安維持法で処刑された共産主義者はいなかった。
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 日本の死刑廃止運動は、ご都合主義である。
 死刑廃止を求める日本人には真剣度がない。つまり本気ではない。
   ・   ・    ・   
 2020年11月15日17:45 産経WEST「《独自》「死刑廃止宣言は無効」京都の弁護士、日弁連など提訴へ
 死刑廃止や執行停止の議決を採択した弁護士会
 死刑制度の廃止を目指すとした日本弁護士連合会の宣言が会の目的を逸脱しているとして、京都弁護士会(京弁)の南出喜久治(きくぢ)弁護士が16日にも、日弁連などを相手に宣言の無効確認を求め、京都地裁に提訴することが分かった。個人で見解が異なる死刑制度の宣言案採択。「日弁連は政治や思想に関して中立であるべきで、目的外の行為だ」と訴えている。
 日弁連は平成28年の人権擁護大会で、「2020(令和2)年までに死刑制度廃止を目指す」との宣言案を賛成多数で採択。平成16年には死刑執行停止法制定を求める決議を出している。
 訴状によると、死刑制度に対する考え方は会員それぞれで異なり、日弁連が多数決で決める事柄ではないと指摘。宣言や決議は無効だとしている。
 また京弁は24年、死刑廃止の決議案を反対多数で否決。だが、事実経過をホームページ(HP)で公表せず、死刑廃止を求める会長声明を掲載し続けている。
 南出氏は「死刑の是非を多数決で無理やり決議するのは個人の思想弾圧だ」と主張し、HP上から宣言や声明の削除も求める。
 日弁連は弁護士法に基づき、単位弁護士会と呼ばれる都道府県組織の監督などを目的に設置。弁護士は日弁連への登録と各弁護士会への加入が義務で、脱退すれば業務ができない。
 登録や加入を続けざるを得ないという国の制度のもとで精神的苦痛を受けたとして、宣言の無効などが確認されない場合、国と日弁連、京弁にそれぞれ50万円の損害賠償も求める。
 日弁連産経新聞の取材に対し、「死刑制度は政治的な問題ではなく、国家による最大の人権侵害。決議や宣言は、基本的人権の擁護などを掲げる会の目的から逸脱していない」と回答している。」
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 11月15日18:30  産経WEST「「死刑制度廃止」弁護士会の強引手法に会員から反発も
 「2020(令和2)年までに死刑制度廃止を目指す」との宣言案が採択された平成28年の人権擁護大会=福井市
 京都弁護士会南出喜久治(きくぢ)弁護士が16日にも、死刑制度の廃止を目指すとした日本弁護士連合会を相手に、宣言の無効確認を求め、京都地裁に提訴することが分かった。組織として死刑制度廃止を目指す動きは日弁連だけでなく、日弁連傘下として各都道府県に置かれる単位弁護士会でも活発化する。これまでに9つの弁護士会が、国に死刑制度廃止や執行停止を求める決議案を採択。ただ、賛成票が全会員の過半数に遠く及ばないケースも多く、強引ともいえる手法に反発も根強い。
 「死刑制度の賛否は個人の価値観の問題。弁護士全員の『総意』かのように決議するのはおかしい」
 タレントとしても活躍する北村晴男弁護士(東京弁護士会)は力を込める。日弁連などは正当な手続きを強調するが、「ごく一部の賛成で決まっている。私にとって耐えがたい決議だ」と憤る。
 日弁連は平成28年10月の人権擁護大会で、2020(令和2)年までに死刑の廃止を求める宣言案を採択した。参加した786人のうち賛成は546人に達したが、当時の会員数は3万7千人超。全体のわずか約1・4%の賛成で会の方向性を決めていた。
 各地の弁護士会の決議に関しては、欠席者は委任状で賛否を明らかにできることも多いが、会員の多くが提出せず、全体の3分の1に満たない賛成で採択されることも少なくない。
 日弁連は「決議や宣言は委員会や理事会など複数の段階を経て出している。一部の人間だけで決めているわけではない」として、手続きの正当性を強調する。
 だが北村氏は、死刑廃止を組織として打ち出す姿勢に賛成の会員は「実際は少数だ」とした上で、政治的中立を守るべきとの観点から「弁護士法を改正し、会としての政治活動禁止を検討すべきだ」と主張する。
 日弁連の採択以降、単位弁護士会でも同様の動きが進む。これまでに6団体が死刑廃止を、3団体が死刑執行停止を求める決議案を採択。このうち今年は島根、埼玉、福岡、東京、広島の5団体に上った。未採択の団体でも、死刑執行のたび抗議声明を会長名で出すケースが多い。
 こうした動きに対抗するかのように今年夏、「死刑賛成弁護士」(文芸春秋)と題した書籍が出版され話題を呼んだ。触れ込みは「『弁護士はみな死刑反対』と考えるのは大間違い」。執筆した「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」共同代表、杉本吉史(よしのぶ)弁護士(大阪弁護士会)は「死刑制度が合憲とされる中、個々の意思を排した決議は問題だ。強制加入団体で多数決によって決める話ではない」と問題視する。
 内閣府が昨年11月に実施した世論調査では、国民の約8割が「死刑はやむを得ない」と回答。杉本氏は、児童8人が犠牲になった平成13年の大阪教育大付属池田小事件をはじめ、残忍な事件で遺族の代理人を務めており、「遺族が死をもって償わせたいと思うのは自然な心情だ。日弁連の姿勢は国民、遺族の感情から、かけ離れている」と指摘している。」
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 11月16日20:47 産経新聞「全被害者の審理終了 座間9人殺害 検察側は8、9人目も「承諾なし明らか」
 複数の遺体が見つかった白石被告の自宅アパート。警察が警備に当たる中、報道陣が詰めかけた=平成29年、神奈川県座間市川口良介撮影)
 神奈川県座間市のアパートで平成29年、男女9人が殺害された事件で、強盗強制性交殺人などの罪に問われた無職、白石隆浩被告(30)の裁判員裁判の第20回公判が16日、東京地裁立川支部(矢野直邦裁判長)で開かれた。検察側は8、9番目に犠牲となった2人に関する中間論告で「2人が殺害を承諾していなかったのは明らかだ」と主張。弁護側は「2人とも死を強く決意していた」と述べ、全被害者の審理が実質終了した。
 次回24日と25日には被告の責任能力に関する審理や遺族の意見陳述などを実施し、26日に検察側が論告求刑する予定。
 8番目の被害者は横浜市のアルバイトの女性=当時(25)=で、9番目は東京都八王子市の女性=当時(23)。
 検察側は、被告が自殺願望のあった2人に「一緒に死ぬ」と嘘をつき、性的暴行や所持金を奪う目的を隠していたと指摘。「2人が本当の目的を知っていれば承諾したはずがない。自殺するつもりであることと、他殺されてもいいということは全く別だ」とした。
 これに対し弁護側は中間弁論で、2人とも対人関係が苦手だったのに初対面の被告に会いに行き、被告宅で自ら薬を飲んだことなどを挙げ、「死の実現を被告に委ねていた」と述べた。」
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 京都アニメーション放火殺人事件(きょうとアニメーションほうかさつじんじけん)は、2019年(令和元年)7月18日に京都府京都市伏見区で発生した放火殺人事件。略称は京アニ事件、京アニ放火など。
 アニメ制作会社「京都アニメーション」の第1スタジオに男が侵入し、ガソリンを撒いて放火したことで、男を含む70人が死傷した。
 概要
 2019年(令和元年)7月18日昼前、京都アニメーション第1スタジオに当時41歳の男が侵入、バケツからガソリンを建物1階に撒いてライターで着火した事により、爆燃現象が発生した。結果としてスタジオは全焼、社員36人が死亡、33人が重軽傷と、日本で起きた事件としては、過去に例を見ない大惨事となった(#被害状況)。
 国内外で人気を得ていたアニメ制作会社を標的とした大量殺人事件は、世界に衝撃を与え、内閣総理大臣国際連合事務総長、各国の政府の長や大使館、各界の著名人から弔意が寄せられた。また、Twitterではハッシュタグ「#PrayForKyoani」と共に、様々な言語による追悼や応援の声が上がった。
 更に、国内外からの寄付金は30億円を超え、税制上の優遇制度を適用する特例措置が取られた(#反応)。一方、事件で死亡した犠牲者全員の氏名が公表されるまで1か月以上かかる異例の事態となり、実名報道の是非や要否についての議論が巻き起こった(#犠牲者の実名報道)。
 被疑者の男も犯行時に重傷を負い、事件直後に身柄を確保され、約10カ月にわたり入院した後に逮捕された(#被疑者)。
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死刑廃止論