¥16〉─1─米中覇権戦争の挟間で喘ぐ日本、「失われた経済大国」に陥るなかれ。〜No.64No.65No.66No.67No.68No.69 ⑧ 

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 産経iRONNA
 米中覇権戦争の挟間で喘ぐ日本、「失われた経済大国」に陥るなかれ
PCR検査を受ける市民ら=2020年5月、中国・武漢(共同)
 テレビ会議方式で行われた「RCEP閣僚会合」に臨む梶山弘志経済産業相=2020年11月11日、経産省那須慎一撮影)
 会見で記者の質問に応じるトヨタ自動車豊田章男社長(左)とNTTの澤田純社長=2020年3月24日、東京都千代田区(酒巻俊介撮影)
 『小倉正男』 2021/01/01
 小倉正男(経済ジャーナリスト)
 国の経済にも、何をやってもうまくいく時期があれば、何をやってもうまくいかない時期もある。世阿弥風姿花伝に「男どき女どきとてあるべし」と書いているのだが、今どきは使ってはいけない言葉になっている。確かにそうしたことは経済でもあるものだ。
 「米中貿易戦争」が本格化しておよそ4年を経たが、一方の主役であるトランプ大統領はその座を降りることになった。ただ、大統領がバイデン氏に代わっても「米中貿易戦争」は継続されるとみられる。
 だが、どう継続されるのか、その中身が問われる。バイデン氏の思考がどうあれ、2021年以降の世界は、米中の「経済覇権戦争」にフェーズを変えて展開されることになる。
 2020年の世界経済は、新型コロナ禍でマイナス5%を超える。08~09年のリーマンショックは100年に一度の恐慌といわれたが、それを大きく上回る最悪な事態だ。米国やドイツなどのEU諸国だけではなく、わが日本なども軒並みに大幅マイナス成長を余儀なくされる。だが、紛れもなく新型コロナの発生源である中国は、なんと一人だけプラス成長(2%内外)に達する状況である。
 なんとも納得できないというか皮肉なことだが、中国は新型コロナ禍を機に米国との経済覇権戦争で先手を打てるポジションを確保している。中国は「ロケットスタート」で世界経済のトラックに戻りすでに走り出している。だが、米国は新型コロナ禍でトラックにまだ十分に立てないでいる。
 トランプ大統領は「チャイナウイルス」と中国を非難してやまなかった。だが、新型コロナ禍で順風満帆だった米国経済がまさかの大変調に陥り、大統領の座も失うことになった。新型コロナ禍で政権を降りることになったのは、安倍晋三前首相に次いで2例目である。
 トランプ大統領には厄災そのものだが、新大統領となるバイデン氏には思わぬ追い風になったことは否定できない。新型コロナの抑え込みに必死に取り組み、これを取り除かないと経済はまともに立ち行かない。ひいては政治権力トップの座も吹き飛ぶ。
 菅義偉(すが・よしひで)首相にとってもこれは重要な教訓である。危機管理(クライシスマネジメント)をにわかに身に付けて、この有事に当らなければ安倍前首相、トランプ大統領の轍(てつ)を踏むことになる。
 コロナ禍直前の2019年、米国の国内総生産(GDP)は21・4兆ドルで、それに対し中国のGDPは14・7兆ドルだった。米国のGDPに対して中国は7割弱(69%)の経済規模に追い付いたことになる。中国の経済統計は、一般にカサ上げされているという疑念が伴っているが、それを割り引いても中国はトップに君臨する米国をピッタリとマークする位置まで攻めのぼっている。
 ちなみに日本のGDPは5兆ドル規模であり、中国の3分の1。日本企業の世界化(国内空洞化)もあって日本のGDPは小さく表示される面がある。もちろん、中国とは人口の違いもあるのだが、リーマンショック後のわずか10年でずいぶん引き離されたものである。
 中国は言うまでもないが、共産党一党独裁国家であり、ウイグル、香港に見るように民主主義や人権などの抑圧を「国内問題」として断行している。南沙諸島海域の人工島、尖閣諸島への領海侵入など露骨な領土拡大の野望を隠さない。新型コロナ感染症では、勃発時に遺伝情報などを隠蔽する愚も行った。そうした国が世界経済の覇権を争う一方の雄にのし上がっている。これは脅威であり、問題であるのは間違いない。
 日本は、モノマネ癖など「模倣経済」や極端な「不動産バブル」などから、中国経済をことさら軽視してきた。日本の矜持(きょうじ)といえば矜持であり、「新興の中国経済などいずれ破裂する」、と。
 だが、いまや中国を軽視ばかりしていては大きく間違うことになる。イデオロギーや好悪感情に任せるのは極力抑え、プラグマティズムでリアルに見ていく必要がある。仮に間違うにしても、過小に評価してではなく、過大に評価して間違うべき対象になっている。
 中国は2021年には8~9%内外の成長を目指すとみられる。米国が新型コロナ禍でもたつけば、21~23年には中国のGDPは米国のそれの75~80%近辺にまで膨張する可能性がある。
 そうなれば、ほぼ米国経済に肩を並べることになる。ハイテク産業育成策「中国製造2025」の遂行で半導体など先端技術製品の「自国化生産」能力も徐々に追い付いてくれば、軍事覇権の膨張にも一段と拍車がかかる。
 中国の習近平国家主席が進めているのは、中国のサプライチェーン(供給網)への「依存関係」を強化するという戦略である。「国際的な産業チェーンのわが国との依存関係を強め、外国が供給を止めようとすることに対する強力な反撃・抑止能力を作らなければならない」(20年10月31日 共産党理論誌「求是」)と指示している。
 習主席はこの指示を2020年4月10日に共産党中央財政委員会で発令している。この指示は、湖北省武漢市の「都市封鎖」、その解除と関係している。武漢は、新型コロナの世界最初の発生源であり、都市封鎖は1月23日~4月7日の長期に及んで行われた。武漢の都市封鎖解除がなされたのは4月8日午前0時。習主席の指示発令があった4月10日は、武漢の都市封鎖解除からわずか3日後ということになる。
 武漢では強権的に大規模検査を行って成り振り構わず新型コロナの抑え込みを終了させた。習主席は、いわば「後顧の憂い」を絶って、中国のサプライチェーンへの「依存関係」強化に歩を進め「有効な反撃能力」を備えよと指示をしている。
 この時期、原油価格は大底値に低迷していたが、中国はいち早く原油購入再開を行った。4月後半には原油は徐々に底入れ気配に転じている。中国の反転攻勢はここから開始されていた。
 トランプ大統領は、中国は米国の資本、技術、雇用など「富」のすべてを盗んだとして、中国に高関税を課し、通信関連事業などからファーウェイ(華為技術)を全面的に排除するなどの封じ込め政策をとった。
 米国以外の企業、例えば日本企業も米国製製造装置で作った半導体はファーウェイに供給してはならないといった規制が行われている。いわば、市場経済に一部規制をかける格好で、デカップリング(米中経済の切り離し)を断行した。
 同時に過剰なほど集中している中国へのサプライチェーン見直しも進められた。中国へのサプライチェーンの依存・集中は、各国の安全保障からみて危険性が内在している。日本も日系企業の中国から本国への回帰、あるいは中国以外のアジア、すなわち東南アジア諸国連合ASEAN)、インドなどへの移転に補助金を出すことで見直しを推し進めた。
 高関税、さらにはデカップリングによる中国封じ込めという孤立化政策、加えて中国のサプライチェーンへの依存・集中を見直すという動きは、中国にとっては大きなピンチにほかならない。中国の「富」の源泉、成長力の原動力をそがれる恐怖がよぎる。中国はその危機感を持っていたからこそ武漢の都市封鎖を長期断行した。
 武漢は、中国の自動車やその部品、半導体産業のサプライチェーンの一大拠点である。復旧を「大返し」で果たさなければサプライチェーンの「依存関係」は弱体化され分断される。中国にはそうした恐怖があり、いわば中国包囲網のピンチに立たされていたからこそ成り振りを捨てて新型コロナの封じ込めに取り組んだとみられる。
 08~09年のリーマンショック時、中国は内需拡大を行い、ピンチをチャンスに切り替えた。中国は、遅れていた高速道路、高速鉄道、空港など国内インフラ投資に4兆元(57兆円)を投入。これにより10年には、中国はGDPで日本を追い抜いて2位に躍り出た。
 この時点では中国と日本のGDPは大きな差はなかった。だが、その後の成長率は大きく違っていた。「失われた20年」、日本は長らくデフレに苦しんだ。安倍前首相による「アベノミクス」はデフレ克服に果敢に挑戦したが低成長を脱却することはできなかった。
 一方の中国は、人為的計数による底上げが一部あるにしても二桁台の高成長が続いた。「不動産バブル」破裂などでいずれ行き詰まるという予測が一般的だったが、潜在的な成長力が勝った。
 そして貧富の格差が拡大し、富裕層も形成された。巨大な国内インフラ投資で鉄鋼、セメントなどの生産能力が膨大化した。それが米国への超安値輸出などに回り、米国の製造業に打撃を与え、雇用を喪失させた。それが「米中貿易戦争」の引きがねになった。
 米中の経済覇権をめぐる戦争だが、習主席の言う中国のサプライチェーンへの「依存関係」強化は着々と進んでいる。中国は、昨年11月には東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に参加を果たした。習主席は、あろうことか環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)にも「参加を積極的に検討する」と表明している。
 中国はデカップリングどころか、ズブズブの「カップリング」に抱きつく戦略をとっている。この「抱きつき戦略」は米国のデカップリングに対する中国の反撃にほかならない。習主席が4月に指示した「強力な反撃・抑止能力」とはまさしくこれだったわけである。
 TPPはもともと中国への封じ込めを意識して企画されたが、米国はトランプ大統領の反グルーバリズムによる「一国主義」から一転して不参加となった。
 では、バイデン氏はどうかといえば、サンダース上院議員など民主党左派が反グローバリズムであり、TPP参加には強く反対している。米国が「一国主義」でもたつくようならば、習主席の中国がちゃっかりTPPに参加する意欲を示すだけでも米国には大きな牽制になる。
 米中デカップリング、あるいは封じ込めといっても、すでに中国を中心とするサプライチェーンが構築されている。これは市場経済をベースに形成されており、分断するのは容易ではない。習主席の言う「依存関係」を強める、あるいは弱めるといった綱引きゲームでしかない。デカップリング、そして封じ込めは、市場経済に逆らうものであり長期的には無理を生じかねない。高関税も関税を払うのは輸入するサイドで、例えば高い鉄板は購入する自動車産業などに高コストを背負わせるという側面がある。
 「戦略的忍耐」ということで何もせず手をこまねいたオバマ政権とは対照的にトランプ大統領は中国に対して厳しい措置断行を連発した。これはトランプ大統領ならではの「荒事」な芸当であり、高く評価しなければならない。だが、高関税を含む封じ込めやデカップリングは「大統領選挙マーケテイング」、あるいは「ディール」といった駆け引き材料の面もあったといわなければならない。
 中国はトランプ大統領の予測不可能な政策に当惑、いわばトランプ大統領の荒事にヨロめいたが、ようやく体制を立て直している。トランプ大統領の策は、決定打ではなく、中国の経済成長に一時的に歯止めをかける牽制に近いものだった。
 そしてバイデン氏は、これらの策を継続するとしている。確かにトランプ大統領の遺産として手元に置き、限定的であるにしても、牽制や揺さぶりに有効に使うということなるに違いない。
 米国は経済覇権で中国を圧倒するには、最終的には市場経済が決戦場にならざるを得ない。米国は、「GAFA」を生み出してきたが、新たな巨大ビジネスを生み出す資本主義のダイナミズムを取り戻すのが本道だ。
 いまでは米国で巨大化した「GAFA」が批判の対象となっている。だが、皮肉なことに米国経済が必要としているのは、激しい新陳代謝の繰り返しによる従来にないビジネスの創造にほかならない。いわば次の時代の「GAFA」を生み出すことでしか中国を引き離せない。米国はどうあれ市場経済で中国を打ち負かさなければならない。
 最後に日本経済だが、トヨタ自動車が、日本企業のトップに立ってすでにおよそ半世紀近く過ぎている。トヨタが優れた経営を行ってきたのは事実だが、トヨタを追い抜くような新たなリーディングカンパニーが見当たらない。
 新陳代謝の停滞、日本の資本主義が閉塞を抱える根底にそれがある。日本こそ、いまの時代を体現する新産業や企業を生み出すことができないとしたら、「失われた経済大国」になる局面を迎えることになる。」

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