🥓9〉─1─ブラックな日本で毒親の介護を強要される子供にとって地獄である。~No.25 

   ・   ・   ・   
 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 毒親は、団塊の世代団塊ジュニア世代に多い。
   ・   ・   ・   
 2023年1月21日 YAHOO!JAPANニュース 週刊女性PRIME「毒親介護10年「親孝行したいと思いながら“早く死んでほしい”」支配欲の強い母を持った娘の苦悩
 「だから、あなたはダメなのよ」と娘を罵り続けた毒母介護の10年(※写真はイメージです)
 「母は支配欲が強く、いつでも女王様。娘の言うことはいっさい認めず、全否定されて育ちました」と話す、エッセイストの鳥居りんこさん。10年に及ぶ壮絶な介護の末、2017年に母親を看取った。
 【ひと目でわかる】経験者が教える毒親介護の“極意”の一覧表
 高齢になり強まる支配「早く死んで」と心の声
 「私は仕事をしながら子育てをし、夫に尽くし、親孝行をする儒教世代の生き残り。上にも下にも仁義を尽くすのが当たり前、親孝行したいと思いながら、『早く死んでほしい』と心底思っていたんです」(鳥居さん、以下同)
 鳥居さんの母親は20年前に片目を失明。その後、徐々に歩行が困難になり寝たきりになる難病「進行性核上性麻痺」であることが判明する。
 「母はいつでも悲劇のヒロイン。『こんなに“かわいそうな私”になぜ優しくしてくれないの?』と常に上から目線だったんですよ」
 鳥居さんは、姉、兄がいる3人きょうだいの末っ子、幼いころから母親の愚痴の聞き役だったという。
 「父は単身赴任が多く、姉と兄は早くに家を出たので、私と母の2人暮らしの時間が長かった。母が決めた謎の“家庭ルール”に縛られ、地雷を踏まないようにするのが精いっぱい。母はどこに地雷があるのかわからない人で、突然ヒートアップして怒り出す、激情型の性格でした」
 高齢になると、より感情がむき出しになり、手がつけられないことも多かった。
 「介護になってからは“スーパーウルトラ”毒母です(笑)」
 しばらくすると、主に面倒を見ていた姉が身体を壊し、鳥居さんが介護を担うことに。
 介護して気づいた毒母育ちの自分
 ヘルパーやデイサービスを利用すると、スタッフに対してはいい顔をするが、娘たちには文句の嵐。
 「あの人はダメ!と延々文句を言い続け、私はまるで愚痴を捨てるゴミ箱」
 母親が認知症を発病すると、さらにエスカレート。
 「罵倒されながら食事を作り、失禁したパンツを洗い、自宅へ帰ると山のような家事が待っている。体力とメンタルがもう限界で」
 兄はノータッチの姿勢を貫き、鳥居さん姉妹は、母親の老人介護施設への入所を決めるのだが……。
 「介護施設に入っても、何時にくるの? 今どこ? と電話の嵐。会いに行けば、つまらない人生だったと愚痴を言い、『だからあなたはダメなのよ』と文句の連続。介護してわかったんです。母は子どもを愛することよりも、自分が大好き。娘は自分が快適でいるために、感情をぶつける対象だったのだと」
 介護をして、自分が毒母育ちだと再認識した鳥居さん。
 「子どものころは『自分が至らないから怒られる』と思っていたんですが、私の善しあしは関係なかったんです。介護は親子関係の答え合わせをする時間だと思います。さらに自分が子どもに対し、母と同じことをしていることに気づいてゾッとしました」
 毒母育ちは、母親に認めてもらいたい、という気持ちが強い。鳥居さんも感謝の言葉が欲しくて、意地で介護を続けたという。
 「母が好きそうなお菓子を持っていっても、いつもぶすっとした顔。ありがとう、うれしいといった言葉は絶対言わない。ただ、干し芋を持っていったとき、ひと口食べてニヤっと笑ったのを見て、『やった!』と思いましたね」
 「恩」と「怨」に揺れ動き延命治療に迷う
 「これは私の考えですが、毒親の介護では2つの“おん”の間で気持ちが揺れるんです。親へ感謝の“恩”と、恨みの怨念の“怨”。恩と怨がシーソーのように揺れ動き、どちらかが大きいと反動も大きくなり、怨が爆発することも……」
 毒母に悩まされた鳥居さんだが、医師に余命10日と宣告されたときは、延命治療をするか迷った。
 「まるで私が死刑宣告してしまうようで怖かった。死ねと思っていたのに、いざボタンを押すとなると押せない。母は最後の最後まで私の意思を支配していたんです」
 体力も気力も使い果たし、疲れているのに、悩んで眠れないという日々が続いた。
 「最後は答え合わせの答えが出せないまま、不完全燃焼で終わりました。後悔はあるけれど、やりきったという充実感だけはありました」
 鳥居さんによれば、毒母に育てられた娘の特徴は「例えば自分の子どもの学校のPTAの役員決めで立候補者がいないとき、いたたまれずに手をあげてしまう人。自分の時間が削られるのがわかっているのに、人のために生きる道を選んでしまうドM」だそう。
 今だから笑いに変えられるが、渦中は冷静に分析などできなかった。
 心理カウンセラーの守帰朋子さんは近年、毒親介護の相談が増えていると話す。
 「つらさを誰にも理解されず、心が折れそうになった方からが多いですね。近々始まる介護を恐れた娘世代からの連絡も増えています」
 自身も毒親の介護経験があり、それが役に立っている。
 「毒親の言動は、病気が原因というより性格。鳥居さんのお母様のような女王様タイプの要求はエンドレスです。些細なことでパトカーを呼ぶ、『自殺する』と脅すなどの異様な行動も珍しくありません。もしかしたらパーソナリティー障害、愛着障害発達障害などの可能性も。精神科医に相談なさってみてください」(守帰さん、以下同)
 「介護しなくてもいい」親との境界線をひく
 「男尊女卑の時代を生きてきた親世代は、娘が介護をするのは当たり前、一方、幼いころから否定的メッセージを多く受け取っている娘は、期待に応えようとします。鳥居さんもそうですが、特に毒母に育てられた娘は、しっかり者で優しく、自己犠牲が得意。憎しみを感じているなら、介護疲れやストレスが限界を超えたサイン。無理は禁物です」
 まずは、自分が毒親の被害に遭っていることに気づくことが大切だとか。
 「モラハラパワハラ上司の被害に遭っているのと同じ。自分に問題があるのではなく、相手の問題です。自分を責めないでください」
 そして、親と自分との境界線をひくことが第一歩。
 「愚痴を聞くのは1時間だけ、面会は月に2回だけ、など具体的な数字で区切りましょう。境界線をひくと、毒母に育てられた娘は罪悪感を持ちやすいですが、自分は悪くないのです」
 そして責任、感情、お金にも境界線が必要。
 「どこまで自分が責任を持つのか、負担するのか、決めておきましょう。毒母育ちは自分で決められない傾向がありますが、自分で決めて、“NO”を言うべきところは、キッパリ言って大丈夫」
 毒親育ちの考え方を変えるには時間もかかるという。自信がなければ心理カウンセラーなど専門家の手を借りるのもひとつの方法だ。
 「毒親に滅私奉公すれば自分の家族にも影響します。毒親の介護中に夫が病気になった、子どもが不登校になったという話はよく聞きますが、今は介護をしないという選択肢もある。自分の健康と家族に目を向け、バランスのよい介護を目指してほしいです」
 教えてくれたのは体験者・鳥居りんこさん
 エッセイスト。介護・教育アドバイザー。自分の経験をもとに幅広い分野で発信。10年に及ぶ毒母介護の経験から介護関係の著書多数。
 心理カウンセラー・守帰朋子さん
 母娘問題研究家。自身の毒親介護経験を相談に活かす。著書に『毒親対応「罪悪感」を減らす5つの習慣』がある。
 <取材・文/ますみかん>
   ・   ・   ・   

   ・   ・