🧣47〉─1─日本を蝕む。貧困化する中高年ひきこもりが全国で70万人!~No.180No.181No.182 @ 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 2030年には、40代以上の一人暮らしが1,388万人に達すると予想されている。
 その多くが貧困化している。
 若者の人口の減少も止まらない。
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 2017年11月30日号 週刊新潮「『40歳超えてもニート』が全国に70万人!
 日本を蝕む『中高年ひきこもり』
 『ニート』や『ひきこもり』と聞いて、若者を思い浮かべる時代はすぐ去った。いまやそれらの半分は40オーバー。その現象は、今後、家庭だけではなく、地域社会、そして国をも蝕んでいくという。ノンフィクション・ライター、黒川祥子さんによる現場レポート。
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 黒川祥子
 『8050問題』『7040問題』という言葉を、ご存知だろうか。50代の引きこもりの子と80代の親、40代の子と70代の親。ひきこもりが長期化して、当事者が中高年に達し、高齢の親の問題と併せて深刻な社会問題として浮上していることを指す言葉だ。
 内閣府の『若者の生活に関する調査』(2016年)によれば、ひきこもりの若者は推計で全国に54万人いるという。驚きの数字だが、ここには40歳以上は含まれていない。『若者』とは、39歳以下を指すからだ。
 では、40歳以上のひきこもりは実際、どれ位いるのだろう。山形県のひきこもり全体の44%と半数に迫り、島根県の調査(14年)でもひきこもりで最も多い年代が40代で、40歳以上が53%、佐賀県の今年の調査では、40歳以上の割合が71%となった。40歳以上ひきこもりは、全国に70万人近くも潜在していることがうかがえる。
 長くひきこもりの支援を続けている、神奈川県逗子市のNPO法人『遊々楽舎(ゆうゆうがくしゃ)』代表、明石紀久男氏は日本各地の支援施設を視察して確信したことがある。
 『ひきこもりの中高年齢化はもはや、全国どこにでも見られる現象です。都市とか地方とか関係なく、日本全国にそういう親子がいる』
 私自身、デビュー作『「ひきこもり」たちの夜が明けるとき』(03年)の執筆時から、家庭の問題としてこのテーマに関心を抱いてきた。1998年、精神科医斎藤環が『社会的ひきこもり』を出版し、『ひきこもり』という存在が世に認知されることになっていたが、当時の取材で、10代の不登校児を中心とした支援から、10年ひきこもっていた20代後半の若者へと、支援対象がシフトする『潮目』をまざまざと見たものだ。
 あれから20年、支援という外部の手が届かなかったひきこもりが今、40代、50代に達している。彼らの親は、主に高度経済成長期にサラリーマンとして過ごし、給与は右肩上がり。経済的に裕福で子供を抱え込むことができていた。しかし親が高齢となって、自身の病気や経済問題で立ち行かなくなり、外へSOSを発することで、中高年ひきこもりの存在がようやく、明るみに出ることとなったのだ。
 殺人も襲撃も
 ……
 こうした『ひきこもりの高齢化』の放置は、単なる親子の『家庭内トラブル』に留まらないところが、この問題の深刻なところだ。
 〈70歳父親が、ひきこもりの44歳長男を殺害〉(13年11月、広島県
 〈57歳ひきこもり男性が、パソコンを買ってもらえず、81歳父親を殺害〉(14年5月、三重県
 〈64歳父親を37歳ひきこもり息子が殺害。自宅解体で父親から見放されたと〉(15年3月、北海道)
 家庭内殺人は最悪に至ったケースだが、32歳引きこもり男性による、大分県宇佐市こども園襲撃(17年3月)は、ひきこもりのストレスが外に爆発する可能性がゼロではないことを示している。
 事件に至らずとも、親の死後は生活保護を受けざるを得なくなる。その原資ははむろん私たちの税金。こうした『高齢引きこもり』が70万人もいれば、膨大な社会保障費が必要とされる。そのまま介護につながるケースもでてくるだろう。現にひきこもりの長期化、当事者の高齢化に伴い、冒頭のゴミ屋敷のように周囲との軋轢が、深刻な問題として顕在化してきている。
 お金をあげれば喜ぶ
 ……
 前出のNPO法人代表の明石氏は、支援の現場で、何度もこのようなケースに出会ってきたという。
 『どのお母さんも、息子をダメにした責任は自分にあると言う。甘やかしてきたと。そう言いながら、50になった息子を甘やかし続けるわけです。それ以外の関係が作れないから。お金をあげれば喜ぶから、それでいいとずっとあげ続けてきた。ダメなものはダメと教えない。それは面倒なことだから。親が子どもをコントロールできないばかりか、親自身が自分をコントロールできない。なまじ資産があり、そうできちゃうから』
 家族文化の内実
 いかがだろうか。
 本稿で紹介した以外にも、多数の『中高年引きこもり』を見てきたが、共通するのは、歪な親子関係だ。
 『優しすぎる親』『強すぎる親』『子に無関係な親』──。
 冒頭の例もそうだ。
 長男は小学校の頃から対人関係が苦手で話しかけられてもうつむくだけ。弟は活発だったが、母に家から締め出されてよく泣いていた。家からは母のヒステリックな怒鳴り声がよく聞こえていたという。
 次男が高校生になった頃、家庭内暴力が始まった。物がぶつかる音、激しい怒鳴り声が飛び交うのが日常になり、父が没した後、次男の暴力に耐えかねた母は息子を捨てて家を出た。同級生の母が心配して声をかけていたが、次第に大人を拒むようになり、兄弟それぞれの形で、社会から降りた
 発達障害だと思われる長男は生きやすい道を考慮されることなく、強い母に萎縮したまま、一度も自分の人生を生きたことはない。最近、行政が訪問した際、兄は『困っていることはない』と、玄関脇の小窓から顔を半分出して答えたという。次男が近隣住民を威嚇するのは自己防衛であると同時に、自分を捨てた母への怒りもあるのだろうか。
 家や子どものことは妻に任せて関わらない父と、独善的な価値観を力で押し付けてきた母により、元来、適応能力の乏しいと思われる兄弟は、社会で生きる力を与えられないまま放置された。今や自治会から『ゴミ屋敷という脅威』として市に対応を迫られる存在となっている。
 前出の明石氏は言う。
 『80代の親の多くが、子どもに良かれと道を作り、いい学校へ行けば経済的に上に行けるという、単一の価値観を押し付けてきた。子どもに選択させることなく、多様な生き方を認めない。だから挫折した時に自分の前から人生が消え、ひきこもるしかない。しかも親が困らない限り、助けを求めないゆえに長期化する』
 であれば、そうした『子育て』は今でも多くの人が我が身に思い当たるはず。いつ誰もが子どもの『ひきこもり』に苦しんでもおかしくない。
 果たしてこれは、その世代特有の問題なのか。同じ過ちの道を下の世代である私たちもまた、歩んできているのではないか。家族文化の内実を、『中高年ひきこもり』問題は鋭く問いかけている」
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 深刻な老後不安は、団塊世代(1947〜49年)ではなく団塊ジュニア世代である。
 結婚しない、子供を作らない、預貯金の蓄えがない、そうした中高年が今後急増していく。
 それに対して、若い働き手が減少していく。
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 老後問題は、今ではなく、20年後、30年後の問題である。
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 増加する貧困化した中高年の老後を、減少した若者が支える。
 若者自体も貧しく、生活するのにやっとなのに家族も資産もない100歳まで生きる老人の老後の面倒を見なければならない。
 老後の悲惨とは、介護を受ける金もない家族もない一人暮らしの孤独老人ではなく、老人の面倒を見なければならない貧しい若者である。
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 経済発展の人口爆発期であれ、貧しい老人が幾人いても老後の面倒は見られた。
 経済衰退の人口激減期では、貧しい老人の老後は見られない。
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 無責任なマスコミに踊らされた無自覚な日本人が、老後に悲惨な境遇に追い込まれ、そして捨てられる。
 定職を持たず自由気ままな生活を享受した独身貴族は、年を取り、貧しい哀れな孤独老人となり、誰にも気付かれず孤独死・無縁死・孤立死を迎える。
 それは、蟻とキリギリス(セミ)の寓話である。
 困ったキリギリス(セミ)を蟻が助けるという話は、経済成長の人口爆発期ではありえるが、経済衰退の人口激減期では絶対にありえない。
 そんな嘘話を子供達に真顔で教える日本人は、善人の仮面をかぶった心が荒んだ極悪人で、彼らの言葉は悪意に満ちた滅びの囁きである。
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 1980年頃は社会の勝利者、2020年代は社会の敗残者、2050年は社会のお荷物。
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 中高年の引きこもりは、1980年代頃に、社会問題化した子供の引きこもりを解決する能力のない無能な教育者が無責任放置たのが元凶であった。
 「子供の自主性・主体性を重んじる」という「子供を優しく見守り育てる」とい嘘ヒューマン教育をマスコミが広げた為に、後の中高年の引きこもりが生まれた。
 それは、親や大人達が子供の問題を解決できないとして無責任に逃げた結果に過ぎない。
 マスコミは、可哀想な中高年引きこもりを助ける為に、人口減少が止まらない子供達に負担を押し付けようとしている。
 戦後のマスコミ、1980年代以降のマスコミとは、マルクス主義教育を受けた戦後の日本人を意図的作為的に扇動しようとしてきたマスコミである。
 戦前まであった家、1970年まで残っていた家庭は、徐々に崩壊して行った。
 そして、家庭内暴力尊属殺人が徐々に増え始めた。
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 日本人、日本社会の特有とされる「甘え」意識は、戦後の特徴であって戦前まではなかった。
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